第2話「人気者と不人気者」

「ハッ、フッ!」


 小さな公園に、ブンッという音が響く。


 上に振り上げた竹刀を勢いよく振り下ろして、ある位置でピタッと止める。


 規則正しい素振りをひたすら繰り返す朝稽古。


 目標は竹刀を振り上げる位置、振り下ろす速度、止める位置が寸分違わないようにすること。


「……今日はこんなものかな」


 そろそろ切り上げないと学校に遅刻する。


 ──ピコン。


 竹刀を片付けてから帰路へと着いた時に、通知音が鳴る。


「……はぁ、またか」


 内容を確認して、ため息を吐く。


 さっきから五分に一回は来ている通知だが、内容は大体想像がついている。


「もう放っておこう」


 その後も通知音は鳴り止まなかったが、全て無視して帰宅。


 シャワーで汗を流してから制服に着替えて、再び家を出て鍵を閉じた。



     *



「昨日は随分と派手なご活躍だったねぇ。タ、ク、ミ」


「おはよう、朔也さくや。あと俺の名前はこうだ」


「知ってるよ。でもみんなタクミって呼んでるじゃん」


 翌朝、教室で一番に駆け寄ってきたのは、友人の日野朔也ひのさくや


「まぁ、それは置いといて。なんで昨日のダンジョン攻略のことを知ってるんだ?」


「決まってるでしょ、昨日の配信をリアタイしたからだよ」


 彼の言う配信とは、ダンジョンストリームのことだ。


 ダンジョン攻略に際して全員が装着する、RMSと呼ばれるチョーカー型のデバイ

スと、必ず引き連れることになる数台のダンジョン解析用ドローン。


 この二つが連動して、ダンジョン戦いの様子を一人称・三人称視点でリアルタイムに配信するのが、ダンジョンストリーム。


 最初はダンジョンについて記録し調査するためのシステムだったが、その録画映像がネットに流出したとき、バズりにバズってしまった。


 その結果、ダンジョン攻略に挑もうとする者はほとんど全員がダンジョンストリーマーとなって、人気と配信数を稼いで一攫千金を夢見るようになった。


 どのような理由であれ、ダンジョンに挑もうとする人たちが増えることを人々は歓迎し、配信のシステムもすぐに確立された。


 そのためダンジョンに挑むためには、ストリーム用のチャンネルを作成しなければならない。


 だから俺もストリーム用のチャンネルがあるし、ダンジョン攻略に挑んだ時の様子は全て配信されている。


 ちなみにタクミというのは俺のストリーミングネーム。自分の名前が匠と書くから、それをもじっただけ。


 だけどクラスメイトたちからは、ダンジョンストリームのこと関係なしに、そっちの名前で呼ばれている。


「タクミがあんなふうに活躍するなんて珍しいね」


「まぁ、ボスを一人で討伐したのはそこそこ久しぶりかな」


「だよね。さすがはダンジョン攻略者唯一の剣士様」


「お前が言うと馬鹿にしてるようにしか聞こえない」


「別にそんなことはないんだけどなぁ。それにしても、ダンジョン攻略後はブーイングの嵐だったね。タクミの配信だけ低評価と罵詈雑言コメントばっかり。知ってる?」


「……知ってる」


 自動配信された動画に対して評価やコメントがつくと、その配信者に通知が届く。


 だから昨晩から、低評価の通知と批判のコメント通知が止まらない。今朝もそうだった。


「今もひどいことになってるよ、ほら」


「分かってるから見せなくていいって」


 昨日の時点で動画についたコメントといえば、


:剣士のくせにでしゃばって、彼らの出番を奪うなよ


:初心者のボス攻略を上級者が叩き潰す悪いお手本はこちらです


:せっかく楽しんでたのに空気読めよ


:次に出会ったら袋叩きにしてやろうぜ、今時剣士なんてほぼ見ないだろうし、特定楽だろ


 と、昨日現地で言われたようなことが、そのままコメント欄に移ってきたような状況。


 ちなみに、生配信時のチャット欄は、


:定点カメラ助かる


:がんばれー


:スパイラルグリフォンなんかに苦戦するなよ笑


 といった感じで、最初は他のレイドメンバーたちの戦いの様子を楽しんでいたけれど。


:は?


:跳んだ?


:ビルの壁を駆け上がるってマジか?


:スパイラルグリフォンの羽根を斬り落とした……


:つかこいつ、剣士?


:なんで剣士なんかがダンジョン攻略に?


:そもそもなんで剣がモンスターに効いてるんだ?


 俺が動き出した時点で、少しずつ雲行きが怪しくなって。


:初心者狩りかよ


:は? おもんな


:なんだよこいつ、せっかくの彼らの攻略が台無しじゃん


:つかこいつの動きで画面酔いした、気持ち悪い……


:ゲロゲロゲロ〜〜


 スパイラルグリフォンを討伐した頃には、批判一色になっていた。


 俺が活躍すると、コメント欄はいつもこうして荒れるから、もう慣れっ子だけど。


 あと、吐きそうになった人と実際に吐いた人については、ゆっくり休んでもらえればと思う。


「じゃあこれは知ってる? 昨日のレイドメンバー、あの人たち元々グループ配信者なんだよ。それも結構人気な」


「元々?」


「うん。あ、もちろんダンジョンストリーマーじゃないよ。元々ゲームとかの配信をしてるグループで。動画の企画でダンジョン攻略する様子を生配信するってことになって、それが昨日だったらしいんだ」


「……なるほど、そういうことか」


 つまり彼らだけでなく、元々彼らの動画を見ているファンが、一丸になって俺を叩きにきているってことか。


「あんな連中のファンなら、この炎上具合にも納得だな」


 昨日ダンジョンに入る直前、彼らからこう言われた。


『なんだお前、剣士か。だったら雑魚敵の掃討はお前一人に任せる。ボスモンスターは俺たちの獲物だから、手を出すな』


『雑魚敵の相手が終わったらとっとと後方に下がって、俺たちの戦いを眺めてろ。いいな?』


 面と向かって言われたのはかなり久しぶりだった。


 普段のダンジョン攻略でも似たような扱いは受けてるけど、直接言われるというよりかは、邪魔だって視線で訴えかけられる感じだから。


 それはともかく、昨日の連中は自分たちの企画なのだから目立って活躍したい、同時に俺を彼らの配信に映したくなかった。


 だから俺に数だけ多くいて面倒な雑魚敵の掃討のみを任せて、自分たちの目的であるボス戦から遠ざけつつ、雑魚敵の処理後は彼らのことを映す三人称の定点カメラにしたかったのだろう。


 自分たちのことしか考えていないような連中と、そんな奴らを好きだというファンなのだから、こんな風に荒れるのも納得だ。


「それにしても、最近増えたよな、こういう連中」


 ダンジョンの攻略法や安全に対するシステムが確立されて以降、ダンジョン攻略で死亡者は一人もいない。


 だから彼らのようなダンジョン攻略に対して甘い考えで参加する連中が出てきている。


 けど、いくら危険性が薄いとはいえ、ダンジョン攻略は命のやり取りだ。


 ゲームを攻略するような感覚で来られてはたまったものではない。


 そんなことを叫んだところで、俺には何の権限も力もないから無意味だけど。


「はぁ……」


 結局俺にできることは、ため息を吐くことだけ。


「っていうか、前に聞きそびれたんだけど。タクミってあんなに批判ばっかりされてるのに、なんで剣でダンジョン攻略してるのさ。タクミだって覚醒者でしょ?」


「まぁ、そうだけど」


 覚醒者。それはモンスターたちに有効な魔法を生み出すことができる、魔法に選ばれた人たちのこと。


 五年前に初めてダンジョンがこの世に現れた時から、若者を中心に出現し始めた。


 ダンジョンのゲートから溢れ出した魔力が影響を及ぼした結果というのが、覚醒者が発生した理由と考えられている。


 覚醒した人には、自身が扱うことのできる魔法が瞬時に理解でき、さらに身体の一部に変化が現れる。


 例えば俺は、元は日本人らしい黒だった瞳の色が、漫画に出てくるような赤色になっている。


「けど俺は、攻撃系の魔法が使えないから」


 自分ができることは攻撃魔法を生み出すことじゃなくて、魔力を身体や武器に流し込むことだけ。


 だから自己を加速させること、移動を補助するジャンプ台を生成すること、そして剣で敵が斬れるように刃に魔力を込めること、この三つの力でどうにかダンジョンで戦っている。


「ふーん。そういうことだったんだ。けど、そうまでしてダンジョンに挑みたい理由ってなんなの? タクミは別にダンジョンストリームで有名になることを目指してるわけじゃないんだろう?」


「それは──」


 朔也の質問に答えようとした刹那、教室がワッと喚き立つ。


「お、白久さんだ」


 覚醒者の証たる白銀色のミドルヘアーを揺らしながら教室に入ってきたのは、クラスメイトの白久晴未しろひさはるみさん。


 女子高生の平均くらいの身長に、制服の上からでもわかる、出るところはしっかりと出て引っ込むべきところは引っ込んでいる完璧なスタイル。


 大人びた身体つきにもかかわらず、顔には幼さを残し、可愛らしい笑顔を浮かべている。


 そんな人だから、うちのクラスにとどまらず、学校でもトップクラスに人気がある女の子。いわゆるカーストの頂点にいるってやつだ。


 しかし彼女が人気者である理由は、単に彼女の容姿が優れているという点に留まらない。


「白久さん! 一昨日のダンジョンストリーム見たよ!」


「そうなの? ありがとう」


 そう、彼女もダンジョンストリーマーなのだ。


 それも人気ランキング第九位の、トップストリーマー。


「すっごく活躍してたよね、さすがは白久さん」


「そんなことないよ、私なんてまだまだだから」


「そんな謙遜しなくてもいいのに、最後はおっきな氷の塊でモンスターを一撃だったし」


「そうそう、さすがはランキング九位!」


 彼女を取り囲むクラスメイトたちが、手放しで賞賛していた。


「相変わらずだね、白久さん」


「ま、彼女は言うなれば、アイドルみたいなものだからな」


 聞くところによると、彼女はダンジョンの配信に関わる全てを一手に引き受けている企業の、社長令嬢らしい。


 にもかかわらず、彼女自身も戦いに身を投じて、大活躍している。


 彼女の配信チャンネルの登録者数は既に、二百万人を超えてるそうだ。


 そんな有名人がいれば、学校でも同じようにアイドル的人気者になるのは当然のこと。


「次ダンジョンが発生したら参加するんだよね」


「今のところはそのつもりかな」


「応援してるね!」


「ありがとう、みんな」


 みんなに囲まれて、そんな会話を繰り広げていた。


「同じようにボスモンスターを撃破してるのに、白久さんは大人気で、一方のタクミは非難の嵐。チャンネル登録者数も、向こうは二百万人越えで、こっちはたった十人ぽっち。一体どこで差がついてるんだろうね?」


「……さぁな」


 俺としては、俺のチャンネルを十人も登録してる人がいるなんてこと自体が意外なことだ。


 どこの誰だかは知らないけど。


「僕が思うに、そういうところだって思うな」


「そういうところ?」


「愛想がない。いっつもムスッとしてる。人付き合いが悪い。そのくせダンジョン攻略にはほぼ全て参加してる。なのに成績優秀でムカつく」


「おいコラ」


 しれっと散々なことを言いやがって。


「そうだ。朔也も一緒にダンジョンに行こう。たまにはいいだろ?」


「絶対やだよ! そもそも僕は見る専!」


「よく言うよ、お前だって覚醒者……ん?」

「どうかした?」


「いや、なんか一瞬」


 白久さんと目が合ったような気がした。


「気のせいでしょ。白久さんがタクミのことを見るなんてありえないし」


「お前な……」


 いくらなんでも失礼だろ。


 ダンジョンで何度か一緒に戦ったこともあるんだぞ。


 ……まぁ一緒にって言っても、ダンジョンに入る前にちょっと会話しただけで、別に共闘したとかそういうわけじゃないけど。


 それにクラスメイトだからって特別仲がいいわけじゃないし、普段から会話することもない。


 だから朔也の言う通りだろう。


 向こうはアイドルで、一方の俺はただの一般人。


 それに朔也が言った通り、人付き合いが良くない自覚はあるし。


 そうしているうちに、教室に担任がやってきて、朔也との会話は終了した。



「…………」



     *



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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