第8話 昼・休日と部長とチョコレートパフェ
綺麗なグラスは、黒と白が多めながらオレンジや赤も含んだ色とりどりの層が重なり、頂点にはチョコレートソースの掛かったソフトクリームがこれでもかと盛られていた。
その周囲にはイチゴやバナナが飾られている。口休めのウェハースも刺さっている。
二つのチョコレートパフェ。
そしてその向こうに座っているのは、佐野晶が入社して三年になる会社の部長、藤崎景虎である。
オフだというのに、高い背広を着こなすロマンスグレーの老紳士だ。
いや、正直、休日繁華街のお洒落なカフェにいても違和感はないが、男性一人ではいるようなお店ではない。
「部長、こういうの好きなんですか」
「はい、割と」
運ばれてきたパフェを前に、藤崎はニコニコとしていた。
晶と藤崎が相席しているのは、偶然である。
先に並んでいた藤崎が晶に気付き、店内が混んでいることもあり、後ろの人達のためにも自分達は一緒に入店となった次第であった。
「こういうお店に一人で入るのって、緊張しませんか?」
晶の問いに、藤崎はちょっと悩み、天井を見上げた。
「うーん、最初の頃はそうだったかもしれませんけど、忘れちゃいましたね。今は全然。まあ、見ての通り、女子かカップルですけどね。美味いモノを食べにここまで来たのに、そんな理由で並ぶの辞めるのも馬鹿らしいじゃないですか」
「大人です……!」
「伊達に、歳は取っていませんよ」
ふふふ、と藤崎は笑った。
「はー……私、ラーメン屋さんにも一人で入れないですよ」
「最近は、カフェっぽいお店も多いみたいですが、そういうところもですか? ほら、こことか」
藤崎はスマートフォンを取り出し操作すると、晶に画面を見せた。
白を基調とした、観葉植物の多いカフェ……ではないのだろう。
藤崎との話の流れからすれば、ラーメン屋だ。
「え、すごい綺麗ですね。これ、ラーメン屋さんなんです?」
「そうなんです……っと、雑談はここまでにしておきましょう」
軽く手を叩くと、藤崎は長いスプーンを手に取った。
確かにその通り。
晶も、同じくスプーンを手にした。、
「アイスクリームが溶けちゃいますしね!」
「はい。まずはこれを崩してからです」
晶はまず、先端のソフトクリームを掬った。
口に運ぶと、冷たく滑らかな甘味が口内に広がった。
「ソフトクリームって冷たいはずなのに、何だか温かいんですよね」
「分かります!」
まるで晶の心を代弁するような藤崎の弁に全力で頷きながら、晶はチョコレートパフェを崩していく。
生クリーム、イチゴやバナナの他に、細かく刻まれた黄桃白桃も入っていたのは嬉しい誤算だ。おっとコーンフレークは単体では今一つなので、ソフトクリームとチョコレートソースも絡めて食べよう。
大丈夫、法に触れるギリギリ、という量ではない。許容範囲内だ。
気が付いたら、パフェのグラスはすっかり空になっていた。
藤崎のグラスも同じくだ。
「大変いい味でした」
「ご馳走様でした」
一息つき、晶はカフェオレを口にした。
冷たいモノを食べた後は、温かいモノに限る……あまり急ぐと、お腹にダメージが入るけれど。
藤崎は、ロイヤルミルクティー。紅茶派らしい。。
「ところで佐野さん。こういうお店には詳しいのでしょうか」
「ま、まあ割と行く方ですけど」
「では、連絡先の交換をしませんか。こちらは、女性がお一人様でも抵抗なく入れそうな、先ほどのような飲食店の情報を出せます」
そう言って、藤崎は再びスマートフォンを出してきた。
「あの、それは全然構わないんですけど、奥様とか誤解されたりとかは……?」
すると、藤崎は微笑んだ。
「あ、妻とはもう何年も前に死別してるので、その心配はありませんよ」
「うぇっ!? す、すすす、すみません!」
慌てて晶は頭を下げた。
考えてみれば、こういう店に来るなら、奥さんを連れてきてもおかしくない。
それが一人で来ている時点で、察しておくべきだったのかもしれなかった。
「いやいや。大丈夫です。それで、先ほどの提案はどうしますか」
「ど、どうぞよろしくお願いします……」
こうして、晶は会社ではずっと上の立場にいる、藤崎景虎と連絡先を交わし、休日には飲食店巡りをする年の離れた友人を手に入れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます