第7話 朝・『いつもの』ホットドッグ
小さなバスケットに載ったホットドッグ、小皿にはポテトサラダ。
そして氷がカラリと音を鳴らすアイスコーヒー。
ここは、ホットドッグの専門店。
朝のこの時間はかき入れ時を少し過ぎていて、暇になっていた。
「おお……」
テーブルに並べられたメニューに、田代颯太は感動した。
「どうかしました?」
ホットドッグのセットを持ってきたウェイトレス、小野陽菜は首を傾げた。
田代は、ホットドッグを前に両手を合わせた。
感謝の合掌である。
「ついに、顔を憶えられた」
「これだけ毎日来てたら、さすがに店長も忘れないと思いますよ」
苦笑いする陽菜がカウンターを見ると、ハゲ頭に鬚のマスターも聞こえていたのか、グッとサムズアップした。
「俺が注文を言う前に、いつものが出てきた。そう『いつもの』だ」
そこが重要だ。
つまり、田代はこの店の常連になったといっても過言ではない。
いやまあ、今年の夏に店ができてから、出勤時には必ずここを利用していたのだ。
そりゃ顔も憶えられるだろうし、毎回同じメニューなのだから『いつもの』が出るのも無理はない。
自宅からこの店で朝食を取り、出勤する。
この店はもう、田代の日常に組み込まれていた。
ホットドッグを囓る。
バンズのふんわりとした食感が口の中に広がり、すぐにバツンと皮の弾けたソーセージの歯応えが感じられた。
噛むたびに出る肉汁とバンズ、それに甘く炒められたオニオンとケチャップ、マスタードお味が渾然一体となっている。
要するに美味い。
「……もしかして、もう来なくなったりとか、します?」
「え、何で」
ちょっと心配そうな顔をする陽菜に、田代はホットドッグを食べる手を止めた。まあ正確には止めたのは口だが。
「ネットで見たけど、顔憶えられると来なくなる人がいるって」
「あー……そういう人も一定数いるだろうけど、俺はむしろ注文の手間が減ってありがたいかな。ああ、でも」
「でも?」
田代は、アイスコーヒーの入ったグラスを持ち上げた。
「今の時期はアイスだけど、寒くなってくるとホットになると思う。まあ、その時は言うけど」
「前日に言って下さいね?」
「当日になってから『今日からホットが良かったんだけど』は、誰も幸せにならないねえ」
アイスコーヒーを一口飲む。
シロップの甘味が少々、ミルクは入れないので最初から運ばれていない。
ホットドッグの脂分が、口の中を洗い流す。
「じゃ、ごゆっくり」
多少は暇になったとはいえ、他にも客はいるのだ。
ウェイトレスの陽菜も、長い間ここで話をしている訳にもいかない。
「そっちも頑張ってね」
「ありがとうございます」
会釈する陽菜の背中を見届け、田代は朝食に集中し始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます