第3話 夜・コンビニおにぎりとお味噌汁

 事務机に並んだのは、コンビニおにぎりが三つ、ペットボトルのお茶、そしてカップの味噌汁が二つだった。

 会社に残っていたのは、田中陽介。

 石田彩香にとっては、初めて指導係を務めた後輩に当たる。


「ありがとうございます、先輩」


 一人、社内で残業をしていた陽介が、頭を下げた。

 彩香は笑いながら、頭を振った。


「いやいや、手伝ってあげたいけどそっちの仕事は専門外だからね。こんなことぐらいしかできなくて、すまない」


 指導を終えてすぐに、システム部門の人間が急に辞めてしまい、スキルのあった陽介はそちらの部署に異動することになったのだ。

 彩香には、プログラムは分からない。

 下手に手出しはできないのだ。


「そんな! 差し入れくれるだけでもありがたいですよ……でも、家近いんですか?」


 おっと、鋭い所を突かれてしまった。

 しかし、彩香は動揺を顔に出さず、答えることにした。


「いや、友人と会ってて、たまたま会社から近かっただけだよ。そんなことはいいから、まあ食べて食べて。私の奢りだ。と言っても、コンビニのおにぎりだけどね」

「有り難く頂きます。じゃあ、シャケと昆布で」


 となると、残りは一つ。


「一番高いいくら醤油が残ってしまったね。では、これは私がもらおう。いくらは嫌いかな?」

「そんなことはないですけど、二人で食べることを考えると、バランス的にこうかなと」

「気にしなくていいのに」


 笑いながら、彩香はおにぎりの包装を解いた。

 本当はお弁当にしたかったのだが、それはさすがに重すぎる。陽介との距離は、まだそこまで近くないのだ。

 そもそもこの時間に持ってくるには、不自然に過ぎる。

 おにぎりにお茶に味噌汁。

 これが、正解だ。

 腹が空いていたのだろう、陽介は既に食べ始めている。

 昆布を一囓り、そしてわかめの味噌汁。

 啜ってから、大きく息を吐いた。


「あー、癒される……それに、あんまり食べると、眠くなりそうですし」

「それはちょっと、分かるね」


 彩香も、おにぎりを囓った。

 いくらのプチプチとした食感が楽しく、塩味が米とよく合う。

 こちらの味噌汁は豆腐……といっても、フリーズドライのそれなので、味はお察しだ。

 だが、陽介と食べていると、そんなことは気にならない。

 メインである味噌の優しいスープが、彩香の胃を温めていた。

 あと何だったか、副交感神経が優位になるとか、あったっけ。

 要するに、味噌汁にはリラックスの効果があるらしい。


「とにかく、ありがとうございます。このお礼は、また別の日に」


 昆布のおにぎりを食べ終え、陽介の手はシャケのおにぎりに移っていた。


「いやいやいや……あー、でも遠慮するのもアレだし、ちょっと期待しちゃおうかな」

「お、お手柔らかにお願いします」


 次の約束を取り付けることに成功した。

 ぐ、と陽介には見えない左手で、こっそりガッツポーズをした彩香であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る