ナツの声

目覚ましがなるより前に早く目が覚めた。少し夜更かしをしたせいで目が開かなかったから右目を擦ってみた。大きく深呼吸をして準備を始めた。シャワーをいつもより長く浴び食パン、目玉焼き、ハムにコーヒーを足してみた。いつもとは違う朝を過ごしてみた。

ピピピピ…ピピピピ…目覚ましが鳴った。

この声で僕は本当に早く目覚めてしまったことに気がついた。

ソファーに深く座り込みもう一度コーヒーを飲み緊張をほぐしてみた。

今日聞こう。全部聞こう。今日で終わらせよう。そして想いを伝えよう。

伝えないと決めたはずの想いをもう伝えようと決めていた。

止まらない胸の鼓動と普段より重たいバッグを背負って玄関を出た。

学校へ着くと教室はまだ誰もいなくて寂しかった。

教室で1人で座っているとどんどん人が増えていった。

8:00 まだ来ない。

8:10 まだ来ない。

8:15 まだ来ない。やはり迎えに行くべきだったかなと机に突っ伏して考えていたら

「何でお前いるんだよ。」

低くて重たい声が聞こえた。この声は神林だ。

神林の目線の先には昨日会った愛生とは思えないほど健康的な顔した愛生が立っていた。

愛生は神林の問いかけを無視するように

「おはよう。お久しぶり。」

そう言って歩き出そうとした。

皆にはいつも通りのように見えたその笑顔は僕にだけは無理して作っているものだとわかってしまった。

愛生の存在により教室中がまた2ヶ月間の重たく湿った静かな空気を纏い出した。

「お!!おはよう!!!」

僕も少し勇気を出して声を出してみた。そうすることで皆も口々におはようが飛び交うと思ったのだ。しかしそんなことはなく教室には僕の声だけが響いた。

そんな僕の余韻を掻き消すように低く重たい声がまたもや響いた。

「来んなよ。犯罪者の息子が同じ教室にいると思うと恐怖で安心して過ごせねえよ!皆お前のこと触れないようにして忘れようとしてやっと!やっっと!!この教室も笑顔が戻ってきたんだよ!今更戻ってなんかくんじゃねえよ。」

それを聞いてクラスの皆もこそこそ愛生に対して「来ないで欲しい」「犯罪者の息子が」「気持ち悪い」なんてことを言い出した。

愛生は1人歩くのをやめ黙って反論もせずに突っ立ったままだった。

その様子を見て神林は更に怒りが増し愛生の胸ぐらを掴んだ。

「なんか言えよ。まあでもお前も不幸なやつだよな。可哀想に。」

ガチュと鈍い音がした。多分愛生以上に僕は怒りと悲しみで震えていた。

頭が回らなくて涙が止まらなくて叫びたくて守りたくて右拳に力をいっぱいに込めて神林の顔を殴っていた。バスケットボールが僕の顔面に当たった時の何倍も痛く感じろと思い全力を込めてしまった。僕の右手までも痛い。

「お前が愛生の幸せを決めんな!!!愛生の幸せは愛生が決めるったい!」

教室はさっきまでとは裏腹にガヤガヤとなりだした。

「西くん!何しとると!?」「先生呼んできーや!」 

様々な声が雑念が教室中に溢れ出していた。

愛生はまだ何が起こったか分からないようで鼻がありえない方向に曲がり血を流す神林を見つめていた。神林を見つめる愛生の目には大粒の涙が光り輝いていた。

涙を溜める愛生の手を取って僕は走り出した。

「行こう。2人で、2人だけで!」

愛生の返事は聞かなかった。自分勝手だと思う。でもあの嫌悪で溢れる空間にあれ以上愛生を置いておきたくなかった。あんな言葉浴びせたくなかった。皆の愛生に対する嫌悪があんなにも強いとは想像もしてなかった。後ろから聞こえてくる、僕らを呼ぶ声を聞こえないふりをして耳の奥から振り解いて走った。前も見えない。夢中でただただ当てのない場所へと駆けて行く。

「ナツ、!」

学校を飛び出てすぐに愛生は僕を心配そうな声で呼び、足を止めた。愛生は少し震えていた。上がった息を整えるために大きく深呼吸をして話し始めた。

「学校へ戻ろう。ナツには感謝しとるけどこれ以上は巻き込めんよ。関係もないのに。」

愛生は不安と動揺を秘めた瞳をして僕を見ていた。きっとそこには自分のせいで僕を巻き込みたくないという気持ちとまさか僕がここまでするなんてという驚きがあると思う。

「関係ない、?確かに僕は愛生の過去を知らないし家族でもないもんね。でも僕は愛生が好きなんだ。愛生が好きで好きで仕方ないんだ。愛生の笑った顔が好きなんだ。優しい声が好きなんだよ。見かけによらず大きな手も大好きだ。好きな人があんな風に言われて関係ないからって突き放して見過ごせるわけがないだろ?」

ドクドクとうるさい心臓の音で外の音が拾えず大きなクラゲに包まれているようだった。

顔は熱を帯び目の焦点もうまく合わないついに言ってしまった。とだけ思った。そっと愛生の顔を覗き込むと愛生は目から大粒の涙を流し穴が開くほど僕を見ていた。

「ナツに話したいことがたくさんあるんだ。学校じゃないけれど聞いてくれるかい?」

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