囮 

「いや〜、お店の人、引き受けてくれてよかったよ」

 ささやか通りの衣料品店「ファッションセンター うららか」から出たところで虎松は言った。

「お店の方、いい人でしたね」

 うららかの店長は、水越の「学園祭でクラスTシャツを作ろうとして誤って買ってしまったが、返品も出来ず困っている」という話を聞き、気の毒に思って引き受けてくれたのだ。

 店長にはちょうど高校を卒業した子供がおり、そういったクラスの出し物や学校行事なんかの話が懐かしく思ったらしい。

「そのTシャツが、まさか盗られるために買ったなんて知ったら、何だか申し訳なく思っちゃいますね……」

「まぁまぁまぁ」

 気を落とす水越を虎松がなだめた。

「明日には店頭に出してくれるらしいから、水越ちゃんが来るまでは私たち2人でしっかり見張りましょ」

「はい……!」


「来たきた……!」

 翌日、魚沼たちが「うららか」を向かいの喫茶店から見張っていると、1人の中年女性がワゴンのTシャツに近寄っていった。サイズを気にしているのか、背中のタグを見ては戻している。ピッタリのサイズが見つかったのか、実際にあててみるも、しっかりこなかったようで再びワゴンに戻してしまった。

「あー……」

「普通の客かな。まぁ、こんなもんですよね。次が来るまで待ちましょうか」

 それから数人の客がワゴンの前までやってきた。

 小さい子供を連れた若い母親

 少し小太りの若い男性

 学校帰りらしき中学生

 手を繋ぐ仲睦まじい老夫婦

「……うーん」

「買った人は今のところ2人だけみたいね。そして、盗るような人もいない」

 そこで魚沼のスマホが震えた。

「あ、水越ちゃんからだ」

「学校終わったんすね」

「はい、もしも――」

「あぁ!!」

 急に立ち上がり、大声を出した虎松に魚沼は驚いた。

「ちょっと、虎次郎、急に――」

「あ、あれ……」

 虎松が指を指した方向に魚沼も目を向ける。その先には、ワゴンに山積みにされたTシャツがあった。

「ない……」

 目を離した、一瞬の出来事だった。

「どうしたんですか?」

 電話の向こうで水越の心配そうな声が聞こえる。

「今……、たった今、盗まれたみたい」

「……え?」

「現れたのよ。犯人が」


 黄色のTシャツを大量購入した人はおらず、「うららか」の店長は戸惑っていた。

「店頭に置いてたから、誰にでも盗られる可能性はあったと思うんだけど――」

「でもあれだけの量、流石に一度には持っていけないはず……」

「この辺りで黄色のTシャツを大量に持っている人の目撃情報はないですね」

 通報を受けて駆けつけた警察官が言った。

「しかし、また盗難とはね」

 防犯カメラはやはり砂嵐となっていて、犯人の特定や現場を確認することはできなかった。

「ごめんね、水越ちゃん……」

 虎松は謝った。

「そんな、謝らないでください」

「見張るって言っておいて、犯人を逃しちゃったから……」

 水越は俯いたまま何も言わない。

「警察にもお願いしましょう。このささやか通りで盗難が相次いでいるのは確かだし、人数が多い方が捕まえられるはず」

「……はい」

 魚沼は水越の手を握った。

「このまま泣き寝入りなんて、させない……!」

「魚沼さん……」

「犯人、ぜってー捕まえるからな!」

「……はい!」

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