確保
その後数日に渡り警察がささやか通りを巡回をしたが、盗難被害は起きず、そのまま捜査は一旦終了となった。
「くっそ〜!黄色泥棒め!」
虎松はささやか通りの地図を睨んだ。
「巡回は私服警察だったけれど、もしかして勘づかれたかしら」
「あの……、もう一度できませんか?」
事務所に寄るのがすっかり日課となった水越が言った。
「何を?」
「誘き寄せる作戦です」
「また逃げられたら、元も子もないよ」
「でも……、でも前は、黄色のものがあったから、犯人が現れたじゃないですか。今回は無かったから……」
「黄色のものが盗まれている」と警察に伝えたものの、実際に届け出として提出されたものはTシャツ以外にはなく、今回はささやか通りの全面巡回のみとなってしまった。
「……分かった。賭けよう。もう一度、犯人が現れるか」
「魚姐さんまで……」
「警察だって、他にも仕事があるもの。今回みたいにまた協力してくれるかなんて難しいわ」
「……分かりました。我々だけでもう一度やってみますか」
「虎松さん、ありがとう……!」
「でも、また逃げられて追いかけっこになるのであれば、誘き寄せる作戦は今回で終わりにしましょう」
「はい……!」「了解!」
魚沼の考えに2人は頷いた。
「――で、なんで今回はこれなの?」
ダンボールの中には大量のアヒル。勿論本物ではない。風呂に入れるラバー・ダックという黄色いアヒルのおもちゃである。
「ちょっと、たまたまネットで見つけて。その、懐かし~って思って……」
「子供は喜びそうですよね……」
水越もやや呆れた感じで虎松を見た。
「なんすか、2人して!黄色だったらなんでもいいじゃないですか!あと、こいつ可愛くないですか!?可愛いですよね!!」
虎松は勢いよくアヒルのお腹を押す。それに合わせて「ピー、ピー」と間抜けな音がした。
「はぁ……。今回は雑貨屋かドラッグストアあたりにしようか」
そうして、アヒルは「お風呂のお供に!」というPOPと共にドラッグストアの入浴剤コーナーの近くに置かれることになった。
日曜日、魚沼と虎松、そして水越はドラッグストアの向かいのビルの入り口付近にいた。
今回は三人制で見張り、犯人を一秒たりとも逃さないよう気をつけた。
ドラッグストアは朝9時から開店する。
「ねむ……」
「コーヒー、買ってきましょうか?」
あくびをした虎松に水越が声をかける。
「……いや、いいよ。ありがとう」
休日とはいえ、開店直後の通りは寂しい。休日出勤の人、部活に行く学生、犬の散歩、ランナーなどがポツポツと通るくらいである。最初の客が来たのは、開店から30分ほど経った頃だった。
昼にかけて徐々に人通りが増え、通りすがりにアヒルをチラリと見る人がちらほら出てきた。
「――今のところ、買った人は、子供を連れた母親と、孫を抱いた高齢男性、あと、高校生ぐらいの学生のカップル……、くらいですか」
「思ったよりも買わないものね」
魚沼はため息をついた。
「それ、アヒルが可愛くないって遠回しに言ってます?」
「いや、別にぃ〜」
2人が言い合っている時だった。
「あ……」
水越が何かに気づいて声をあげた。
「何かあった?」
虎松が聞いた。
「あ、ううん。同じ学校の子」
「同じクラスってこと?」
「いえ、委員会が一緒の子です。アヒルを見たあとにメモをとってたみたいだったから、買うのかなって」
「メモ……?買うものをリスト化してるのか?」
家族か友人にあげるのか。虎松は疑問に思った。
「あっ……!」
その横で今度は魚沼が声を上げた。
「思い出した……!その子、前にもいたわよ。Tシャツの時」
「えっ、そうなんですか?」
その場にいなかった水越は驚いた。
「あの時も確か――」
魚沼は記憶を辿る。Tシャツの時も、ワゴンを見てから何かを書いていた。そして、しばらくしてから――。
「……2人とも、あの子を捕まえるわよ」
「えぇえ!?マジすか?」
「まだ、何も盗まれていないですよ?」
水越も言う。
「いいから」と、魚沼はそのまま、「彼」のあとを追う。
角を曲がったあたりで、魚沼は声をかけた。
「ちょっと、あなた――」
そう声をかけるやいなやこちらを見た「彼」は半ば怯えた顔で、走り出した。
「待て!」
後から来た虎松も「彼」を追いかける。
「アヒルが消えちゃった〜!」
遠くで幼い子供の声がした。やはり「彼」が「黄色」の盗難に関わっているのか。
「
遠回りした水越と後ろから来た虎松の間に挟まれた「彼」は身動きが取れず、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「風街」と言われた少年の足元にポケットサイズの小さなノートが落ちた。
そのノートの開かれたページに書かれていたのは「薬局に売ってるお風呂のアヒル」だった。
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