足りない何か

 翌日、魚沼がほがらか弁当に行くと、店の主人がシャッターに張り紙をしているところだった。


「えっ、今日、もう閉めちゃうんですか?」

 時計を見る。まだ昼の13時にもなっていない。昼時が一番の稼ぎ時だというのにおかしい。

「あぁ、魚沼さん、すみませんね。今日はちょっと……」

 そう言う主人の顔は、なんだかやつれているように見えた。

「何かあったんですか?」

「実は昨日作った弁当に、おかずを一品入れ損なったみたいでね……」

「そういえば……」

 魚沼は思い出した。昨日の昼に弁当を受け取ったとき、何かが足りないと感じたことを。

「1つの弁当だけでなくて、何人ものお客さんの弁当のおかずを入れ損ねてしまったようで、昨日の夕方からずっと苦情の対応だよ」

 深夜もきっと電話が鳴っていたんだろう。店長の目の下にはうっすらクマが見えた。

「私もボケちまったもんかねぇ。今までこんなことなかったのに……」

 

 この弁当屋はいろんな人が来る。もちろん魚沼含め常連の客もそれなりにいる。

 しかし、この弁当の異変に「忙しかったのかも」とか「仕方ない」などど感じる人間はどうやら一部の人間だけらしい。商売上、正規の金額を払っているのだから、理由もハッキリしないまま未完成のものを提供していたとなると、大半の人は苦情を言いたくなるようだ。

「ちなみに、そのおかずってなんだったんですか?」

「それが……、思い出せないんだ。でも、苦情を言った人も具体的な品物を言ってくれないんだよ。ただ、おかずが無かったとしか……」


 魚沼はゾワっとした何かを感じた。

 まただ。また「何か」が盗まれたのだ。魚沼自身も今回の盗難に関係しているはずなのに、何が盗まれたのか思い出せない。

「それは……、大変でしたね」

 そう言うのがやっとだった。

「盗難」の被害は確実に、そして徐々に拡大している。困っているのにどうにもできない人たちが増えている。

 もう他人事ではない。

「クレーム、落ち着くといいですね」

 店の主人にそう告げて、魚沼は事務所へと向かった。


「おかえりなさい……ってどうしたんですか?」

 暗い表情で戻った魚沼を見て、虎松が心配そうに聞いてきた。

「私も盗難に関係してたみたい……」

「えっ、それ、どういうことですか!?」


 魚沼は弁当屋の一件を話した。

「おかずが足りない、か……」

「定番商品に入っているのは確かなの」

「ネットに完成品の写真とか載ってないんですか?」

「そう思って調べたけど、出てこなかった。元々あの店は夫婦2人で切り盛りしてて、他に店舗もないし、配送サービスもしてない。予約は電話かお店に直接だし、ホームページがない上、Xのアカウントは店の営業時間のお知らせしかポストしてないんだよね」

「自営で馴染みのお店だとそういうこともあるのか〜」

 虎松は頭を抱えた。

「足りない、足りないもの……。うーん……」

 虎松は何か閃いたようにハッとした表情となった。

「姐さんがいつも頼んでる弁当って、人気かつ定番商品なんですよね?」

「そうよ、肉も野菜も魚も入ってる。栄養バランスもいろどりもいい。定番で人気商品」

「ふむふむ」

 そう言うと、虎松はチラシの裏紙に何かを描き始めた。

「え、何?何を描いてるの?」

「まぁまぁ、気にせず、僕の質問に答えてください」

「はあ……」

「肉はちなみに、どんな肉ですか?」

「鶏肉よ。唐揚げ。あんがかかってるやつ、メインだから多めに入ってる」

「ほうほう。野菜は?」

「うーんと、トマトと……、あ、ポテトサラダが入ってる」

「ふぅん……。魚は――」

「鮭。あのちょうどいい塩見がいいのよ」

「……できた!」

 虎松はそう言うと、完成した絵を見せた。

「あぁ、そうそう。そんな感じ」

 そこには、四角い箱の中に魚沼が言ったおかずが、詰め込まれていた。

「あと、僕だったらこれも欲しいですね」

 虎松はそう言うと、を付け足した。


「あ……」

 そこで魚沼は思い出した。


「そうだ、……!」

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