第一話 潮凪汐里の忘れ物①

 今年の夏は雨の日が多く、織姫様と彦星様が出会うはずの七夕も見事に雨が降った。そんな憂鬱な夏も終わり、季節は秋を迎える。

 秋は何かとつけ都合のいい季節だと思う。花粉は弱まり、少し涼しいくらいの過ごしやすい温度。住む地域によっては多少違う部分も出てきたりするとは思うが、俺にとっては一番待ち遠しく感じ、何処かさみしげな雰囲気が心を落ち着かせてくれる。

 高校に入学し、何一つとして変わることのないこの退屈で平凡な日々が着々と過ぎていく。

 変に語ったところで、こんなちっぽけなことを表に出すわけでもなく、いや、出せる 友達も一人くらいはできたが、そこは後々話題に出すことにしようと思う。

 授業の終わるチャイムが鳴り昼休みに入る。

 昼休みはもちろん食事をとる時間だが、あいにくこの学校では漫画やアニメで見かけるような屋上や、階段で食事をするようなことはできない。ほぼボッチと変わらない俺にとっては少し酷だと思う。

 そんな俺を見かねてか、クラスの委員長である潮凪さんは極稀に誘ってくれることがあるが、こちらに拒否する権利なんてものはないと解かってはいても、クラスでの俺の立ち位置的に逆に潮凪さんに申し訳ないので毎度断っている。

 こうなってしまったのにはもちろん理由が有るわけだが、そこまで重要ではないので黙々と箸を進めていくことにする。

 昼休みは終わり再び授業が始まる。

 勉強に関しては特にいうことはないと思う。いつもテストでは平均の少し上をとり、スポーツも基本まともにこなせる力はある。

 何か不得意な事があるかと聞かれれば、それはまぁ、対人関係くらいだろうか。昔はそこまで不得意ではなかったような気がするが、中学一年のあの出来事以来もっぱらダメになった。

 高校に入ればまた何か変わるかと思ってはいたが、それは淡い期待であり、一年が過ぎ高校二年目を迎えた今も、その期待とは裏腹に変わることはなかった。

 裏腹にとは言ったものの、淡い期待の逆は濃い失望ということになってしまうので、 そこまでではないんじゃないか? ……と自問自答をしてみたりする。

 そんなことを考えている間にチャイムが鳴り、授業が終わる。

 事件と言えば事件かもしれないが、そこまで大げさではない。そんな事件が起きた。

「そういえばさ~。他のクラスの奴に聞いたんだけど~、このクラスに昨日告って振られた奴いるらしいぜ」

 どこにでもいるだろう陽キャグループの一人が広めなくてもいい情報を、注目を集めたかったのだろうか? 一番後ろの席で騒ぎ立てた。

「だれだれ~?」

 などと軽々しくその話題に首を突っ込む奴が数人。

「それがさ~、……名前忘れちった」

 と、陽キャの一人がわざとらしそうに言う。

 するとその言葉に「おい~」や「きになる~」などのヤジが聞こえた。

 一見本当に忘れたかのように見せ、周りもそれにつられているようにしているが、その告白したであろう男子は陽キャ共の視線が集まっているのを見れば一目瞭然である。

 今回の出来事に俺は関係ないので止めることはしない。

 友達でもない他人を助けるのは、それこそみんな大好き「お友達」にやってもらえばいいだろう。助ける義理はないし、俺が行ったところで変に場を悪くして状況が悪化するだけだ。

 一つ思うことがあるとすれば、言葉にはしないがあんな痛いことをやっていて恥ずかしくないのか、と思ったりはする。

 でも実際自分がされる側の立場になっていたらどう思っていただろうか……。いや、やめておこう。いつも考えるだけで決して行動に移すことはしない、これはただの机上の空論でしかないし、無意味だ。

 そんな事を考えていると突然潮凪さんが立ち上がる。

「いい加減にしなさい! 誰が告白したかなんてどうでもいいことでしょう? 人の 迷惑なんて考えずにいちいち大声で吐き散らし、挙句の果てに自分たちはただ群れているだけのサル風情のくせに、安全圏にいると勘違いしてさらに人を罵倒しようとす  る。そんなことをやって目立ってかっこいいとでも思っているのかしら?」

 少し淀んだ空気が広まる教室に、教室の隅一ミリまで響き渡るようなはっきりとし た声で怒号が響き渡る。

 そうして陽キャたちに散々言った後、「呆れた」などと呟きながら座ってまた本を読みだした。

 潮凪さんは遠目から見てもはっきりと分かるくらいに容姿も整っており、特に一本一本の長いまつ毛と細い髪が、より彼女の綺麗な目を際立たせていると思う。そして 極めつけは、何と言ってもきっちりとポニーテールで束ねられた長い髪である。

 それだけでは収まらず、潮凪さんは俺を気にかけてくれていたり、誰でも困っていたら知らない人だろうが助けてしまったりと、とにかく人好しなのだ。

 やっぱり俺には彼女の真似は絶対にできない。もし仮に、一語一句間違えずに彼女の言葉を俺が言っていたら、状況は悪い方に傾いていただろう。

 それに言葉は真似できても、彼女の表情の管理や態度までは絶対に真似できないだろう。そこもまた彼女の有名さとかそういうのに繋がるのかもしれないが、潮凪さんはどんな時でも気丈に振る舞っている。

 さらに潮凪さんの何というか、……独特のオーラ? みたいなものによって彼女の一言一言が説得力を増し、重みを感じさせる。これがいわゆる生まれ持った彼女の素質、才能である「カリスマ性」というものなのではないだろうか?

 現に教室の大半の生徒たちは彼女の意見に賛同するだけでなく、陽キャたちに見えない圧を掛けている。そんな空気の変化を感じる。

 その力が彼女の性格から来たのか、元から持っていたからその性格になったのか。小さい頃の彼女を知らない俺はそんなことを考える。

 彼女から友達になって欲しいと言ってくることは無いし、俺も自分から友達は作らない。だから絶対に関係が築かれることなんてあるはずがないのに、なぜか彼女だけは、少し興味が湧いてくるような存在である。

 やはり彼女はどこか普通の人とは違う特別なものを持っているのかもしれない。特別なものというよりは、彼女自身が特別なのだろうが。

そんなことを考える。

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エンドレスイフ @konnitimanhidora

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