一撃破壊譚 トド 〜外伝〜

おにまろ

第×話

赤みがかった月が印象的な夜だった。

閑静な住宅街、コンビニ飯の入ったエコバッグをぶら下げて歩く僕は22時からのバラエティ番組に間に合うかどうかしか考えていなかった。

学校とバイトで疲れきっていた僕の頭は、周囲の家に明かりがないことに気づくのが遅かったらしい。


街灯が、ひとつ割れる。


間抜けに口を開けたまま音のした方角に目を向けると、深い闇に佇むセーラー服があった。僕が毎日教室で見ているものと同じだ。好きで見ているわけではないが。

そのセーラー服には見覚えのある顔がついていて、こちらに話しかけてきた。


「はろぉ、内桐くん。内桐丹明くん」


「病院みたいに呼ぶなや、えっと、洲宝天さん?洲宝天・・・潮さん。何しとんか知らんけど、なんかこの辺おかしいから早よ帰った方ええよ」


クラスでもたいして喋ったことのない同級生に、優しく注意を促してあげる僕。面倒だが送って行こうかと提案しようとして、すぐに言葉を引っ込めた。目を凝らすと、彼女のセーラー服は、赤黒く濡れているのが判ったからだ。そして、


「大丈夫、心配せんで。内桐くん。用事が済んだら、すぐ帰るから」


僕は洲宝天潮を熱烈に見つめながら、こっそり足の角度を後ろに向けていく。


「・・・あ、そう。ところで、今はこんばんはの時間やで」


「それも大丈夫。ワタシには今がお昼みたいもんやから」


「あー、そうなんやね。ほんほん。ほなまた・・・明日学校でぇ!」


彼女の顔面にエコバッグを出来るだけ思い切り投げつけ、僕は全力で来た道を走った。

理由としては、セーラー服のスカートから太く逞しい尻尾が頭より高く伸びているのを見たからだ。先端に針のような輝きもあった。


「アレ何なん何なん何なんアレ、あんな人やった?絶対ヤバいやんけあんなん!」


とにかく明かりのある場所まで走る。もう少し先にはさっき寄ったコンビニもある。

十字路を曲がろうとした時。突然僕の身体は崩れ落ちた。あちこちぶつけたが、右のふくらはぎが異様に熱い。極太の針が、貫いていた。

月明かりから僕を隠すように覆う影は囁く。


「ご飯おおきにぃ。でもごめんなぁ、ワタシ添加物とかアカンねん」


知らんわやかましいと思いつつも僕は大人なのでいちいち口に出さない。いや余計なこと言ってる余裕がないだけだが。


「お前・・・これ、どういうつもりや・・・。何モンやねんお前・・・。そんなイカつい尻尾・・・ティックトックでもバズらんで」


「うっさいわハゲ」


余計なことを言ってしまったらしい。

イカつい効果音と共に鋏に変化した洲宝天潮の右腕が、僕の首根っこを器用に掴んで持ち上げる。激しく破れたセーラー服の中からは8本の脚が出ていた。セーラー服が破れてこんなに残念なことがあるのか。


「あのー・・・一応訊くけども、これ僕どうなるん?・・・観たいテレビあるんやけど」


「見逃し配信とかあるんとちゃう?知らんけど。まぁ、テレビもご飯ももう無理やけどね、内桐くん。アナタここで死んでしまうもん」


「あー・・・、そう。・・・今日のゲスト好きな芸人やのに」


激痛で飛びそうな意識の中、自分の運の悪さを呪った。毎年初詣も行ってるのに神様はこんな時何もしてくれないのか。こんな化け物がいるんだからヒーローだっていてもいいだろう。

美少女の面影も失くなった洲宝天潮の醜悪な顔が接近する。彼女にこびり付いた鉄錆の匂いがキツくて目を閉じてしまう。


僕は死んだ。


と、思った。

恐る恐る目蓋を開けると、頭部を掴まれ震えている洲宝天潮がいた。


「オウ、随分やってくれたのぅ。人の迷惑考えられんのか」


化け物の彼女はそのまま僕から引っぺがされ、地面に叩きつけられた。

神様が手配してくれたヒーローは、ブラウンのスーツを着たオッサンだった。


「生きとるか?ボウズ。あーあー血ぃ出すぎや、大変やこれ。ヨメ!こっち頼んだで!」


「はいなはいな。うけたまわりー。はいしゃーんしゃん、しゃーんしゃん」


こんな日だ。ふわふわ浮かんでる妖精のような生物に、もはや驚きはない。僕の上で妖精が舞うと、足の痛みは引いていった。なんとなく温泉に浸かっている気分である。

ブラウンスーツのオッサンは、アスファルトで呻いている洲宝天潮を漆黒の瞳で見下げながら、尻尾を踏みつけていた。


「あぁ・・・っ!んっ・・・はぁ・・・!ワタシの・・・ワタシのご飯ん・・・っ!内桐くんのぉ・・・お味噌ぉ・・・」


「元気に歌うなぁ」


「痛・・・ぁあっ!何やの、何やのアンタっ!ワタシの邪魔・・・っ、せんでやぁ!」


「サソリの隠寧痕(おんねこん)か・・・雑魚やな。ええわ、食うたるわ。ハァ・・・テンション下がるわ。ワシんとここんなんばっかやからゲテモノ食い言われんねん」


「・・・ッ!ゲテモノ食い・・・って、ほならまさかアンタが・・・!トドオ


洲宝天潮が言い切ることはなかった。

オッサンの腕が紅と白の縞模様に輝き、一瞬でサソリの肉体を粉砕したのだ。


「はいきゅーんきゅん、きゅーんきゅん」


妖精が舞うと、砕かれた体は形を変えて黒い球体になっていく。カプセルトイぐらいのサイズだ。オッサンはそれをつまみ、何とも厭そうに眉間にシワを寄せながら、呑み込んだ。難しい表情で固まっている。見た目どおり不味かったのだろう。

十秒程そうして、ようやくオッサンは動いた。咳払いをし、それから軽快な声で言う。


「ボウズ、お疲れやったな。今夜はもう帰りぃ。ワシらのことは忘れて、のんびり青春を送ってくれや」


「あの・・・洲宝天、彼女は何者やったんです・・・?」


「ええねんええねん深く考えんで。この世には不可思議なこともあんねん。ほらこないだジャンプで始まった漫画みたいに・・・あー!今日ジャンプ買うとらん!コンビニ寄って帰らな!医者の主人公がボクシング経験者に勝てるかどうかの大事なとこやねん!ヨメ、急ぐで!」


「もー、トドはん。30後半なんですから少年誌卒業したらどうですのん」


結局何も分からなかった。

閑静な住宅街、僕は立ち上がる。ふくらはぎに穴の空いたズボンでは店にも入りづらい。カップ麺なら家にあったはずだ。もうテレビも間に合わない。見逃し配信はあっただろうか。

僕は明日も学校に行く。仲良くもないクラスメイトが一人居なくても、それは変わらない。僕は生きていく。

あんなオッサンに、僕もなれるだろうか。

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