ある時、海色の少女は


 どうして……。どうして自分は生きるのだろう。はっきりとした答えを今も得られない。今の肉体だけが、自分の生きる事でしかない。あの日、あの場所で生きて、それ以来の自分はどこにもいない、そんな風に思えている。

 矛盾とジレンマが自分にあり、これが自分の様で、失ってしまったら、消えてしまいそうで。でも……生活の中では何も得られなかった。


 そうして出会った。

 風道正しく街路樹が自分の視線を惹きつけたあの日。

 海色のその子は、自分を見つめる。

「………」

 引き込まれそうな程の、奥深い瞳。まるでその子が二人いる様な、そう思えさせる様な。

「もしかして、お母さんを探してるの?」

「……ジャンクフード好きの大人だけど」

「名前は? どこでお母さんと離れちゃったの? 探してあげる——」

「運転免許も仕事もある大人って言ってるの、分からないとこのグーが手を出すよ?」

 殴りかかってきそうな構えで、その子は声を上げる。本当に、小柄な大人らしかった。

「わ、ごめんなさい。ホントにそうなのね、本気でホントなのね」

 自分の謝罪を聞いて、その子の拳は鳴りを止める。じっと見続けて、自分に素っ気なく言った。

「……何だか、知ってる様な目。もしかして……戦争に居た?」

 思考が一瞬、呼吸をハッとさせる。震え立った背筋が、まるで言う。頭の中を見透かされている様な、その感覚が。

「……やっぱり。私も、イベラ戦争にいたの。塹壕で土掘りをしていて、そういう目を見た事ある。——教えて、何が怖いの?」

 何なのだろう。

 心から、恐怖が湧く。気持ち悪くて、吐くモノも無いのに吐きそうな感情は、ない筈の心臓が、ドクリと鼓動を増す。

「……分から……ない。生きてる事が分からないの。これが自分なのか、それとも違うのか、分かる事を……してくれないの。自分は死んでるの、それとも生きてるの? ………。教えて……」

 そして、その子は口を開いた。

「どちらでも無いとしたら、どう思うの?」

「………?」

「生きても、死んでもいない。それがどうなってしまうのか、気にならない? 生きていて、死んでいるのも、そういう矛盾を共にして……人生を過ごすのも、きっと悪くない。何より、人にはそれができる。でしょ?」

 分かったような、分からないような。

 けれど、黒いモヤが晴れていく。

 海色の子は、自分を。

 生きていて、死んでもいる、その矛盾が成立し、人生を歩く。

 海色のその子は——自分を生み出した。

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