貴女へ、三度目の願い.10


 私を、まるで赤子を扱う様に、キュリオーは抱き抱える。ふとした瞬間に見えた明るい窓に、上から外の様子が一瞬だけ見渡せた。

「名前、聞いても?」

 キュリオーが遠慮気味に聞いて、私は言う。

「メドウ。姓がバラクス、間にバルラ」

「じゃあ——メドウ・バルラ・バラクス? へへ、一度は言ってみたい名前。メドウって呼んでも?」

 勿論、と微笑んで、キュリオーに運ばれる。ベットのある部屋を出て、一階へ降りていくのを感じる。少し広い空間を経由して、身体に光が注ぎ始めた。

 そこにある景色は、二つの色が入り混じった町の広場。ネフレアを逃れる緑、それに拾われた紺の人々は、けれど希望に満ちる。キュリオーは四人の紺色服に寄り歩いて、

「姫様ごっこ?」

「随分楽しそうで」

 残りの二人は居眠りと、手記にペンを持って。

「サリーヌ、僕を騙したね」

 最初に口を開いた方に、キュリオーが不満げな口調をした。

「ふははっ——ばれたぁ! 一生それいじってやろうと思ってたのに!」

「メドウが教えてくれました。もう僕は僕になったんですよ、どう落とし前付けるんです?」

「チョコレート三本に、煙草一箱で勘弁してくれない?」

「吸わない。チョコレート四本」

「いいや、二本!」

「……四本にしてくださいよ」

「分かった分かった、それは譲らないのね。ならそれでいいよ。——いやあ甘いね」

 むしろ不満を言わないなら、多い様な。そう思っても心に留める。

「メドウちゃんとやらも、一本あげよっか?」

「あ……ううん。別に」

「意見なんか聞いてませーん、メドウちゃんにあげるったらやる!」

 サリーヌが放り渡そうと、チョコレートの包みは、私とキュリオーの頭上を超える。軌道は広場の中央へ向かって、道の向こうに視線が導かれ——水色髪の小さな、記憶にあるモノが私を見開かせた。

「——シルバっ!」

 けれど、少女は呼ぶ声に振り返らず、遠ざかる。

「シルバ……って?」

「いたの——確かにいた、水色の髪で、小柄な人!」


 貴女の姿が、キュリオーの足で近づき始める。どこか運命的な出会いを果たした、三度目の願わない願望が——今になって、現実になり始める。

「シルバ! ねぇっ、シルバッ! そうでしょ!?」

 町の外の境目に、キュリオーの足は止まった。水色の髪の子は振り返って、何気無く、そして変わりようのない顔を、悲しい目を向ける。

「あれが……シルバ?」

 キュリオーは小さく、喉から言葉にした。

 その子は、ただ声を声として出す。

「メドウ。………」

 そして。語りかける。

「願いは、叶ったの? 一つ、二つ、三つの願いは。そうであってほしいの。そうじゃなきゃ、自分が誰になるか……分からなくなる」

「………」

「ねえ、メドウ。どうしようもなく死ねないの。それに、殺す事も出来ないの。死を取り上げられたみたいに、自分が生きてる」

「……何が」

「足なんか無くても、ずっと自分より、幸せで、羨ましくて、選ぶ事が出来る。我儘で、ドジで、死ねない自分よりも……」

 それが何なのか。貴女が、どういう存在か。やっと分かることができた。私はキュリオーの手を離れて、地に膝を付いて、叫んだ。

「何が、謙虚ぶって——全部自分の都合、全部っ! 何もかも! 私よりも好きにやって、失ったモノも無いのに、私よりも幸せにしてる! ……嫌いだ、大っ嫌いだ、何にもかんにも……」

 裏切られて、貴女に憎悪し、そして怒る。

「……ごめんね、メドウ。自分はミネアに……お互いに、帰るべき場所があるから。だから、お別れ」

 消えていく姿を、憎み、ミネアへ帰る意思を、私はさげすんで。

 ——キュリオーが、言った。

「……死んだ筈の僕と、同じだ」




 いつも聞こえていたあの風切り音は、旋律を流れに乗せ、どこかへ飛び出す。

 私は歩く。

 ミネアへ歩く。

 ネフレアの大地を歩き、ミネアへ向かうレクーヴァの兵士は、もういない。

 少女は歌を口ずさみ、草原に、足を付ける。今まで選んできた選択の全てに、やっと何かを見出すことが出来るようになった。

 ……これからも、私は自分勝手でいる。


「私はミネアに帰った。イベラ戦争の火の粉はそこまで渡らず、レクーヴァが勝った。……そして私は、レクーヴァに戻った」

「家族は居たのか?」

「兄さんだけ」

「……その兄も、擬似病の吸血人か?」

「そう。今はレクーヴァで元気にやってるよ」

「ならば良かった……のか? いや、よく分からないな。やはり全くだ。……それでも分からない、謎ばかりだ。バルラの本社に招待されたりと、全く分からない事だ」

「……あれ見たんだ」

「ああ、そうだとも。会いに行って、どうしたんだ?」

「何にも変わってない、ってメドウに嫌われた。でもいいモノは見れたよ、義肢の試作品とか。失った足が治るまで、それが代わりだったって」

「嫌われてるのに、そんな特別なモノを?」

「……嫌いだからこそ、見せたかったのかな。誰かの為になれるのに……それでも不幸せだって」

「………。お前は、どうなんだ?」

「今だって、心地いいよ。きっと、メドウも……ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る