伸ばした羽の代用品.6


 雲のすぐ近く。エレベーターは止まり、短い廊下に出る。本当に身近い通路に、ただ一つの扉が立ち塞がる。巨大組織のボスが構える、高層オフィスビルのプライベートな空間——それかペントハウスみたいな、とにかく新鮮な気分だった。特別……の様な。

 今から、出会う事になる。そこには必ず緊張が生まれるはずなのに、その私に何かが心に阻む。無心であれ、無であれ。そう言わんばかり、平然とドアノブを握る。扉を押すとがたんと音を立て、開かなかった。音はもう一度、ガチャリと立てた。

 私は部屋に入る。普通の、ただ部屋としてあるべきリビング。そこに彼女は居た。白き姿。白い木肌の彼女は、冷ややかにじっくりと、変わらない私を、青の目は一直線を描く。

「変わってない。ずっと、その時から何もかも同じ。憎いのに、憎めない。そんな人」

「……久しぶり、メドウ」

「——百年前から、久しぶりに」

 彼女は歩く。それは誰もが出来る様なこと。陸に生きた生物達の全てが持ちうる足。初めてその姿を、メドウを見た。

「見せたいモノがあるの。バルラ社の、私の作ったモノをシルバに。社外には一回だけ記事で出たっきりの結晶。……それを見せてあげるのが、私の手向け」

 高層ビルの最上階。その部屋がこんなにも質素で、並々の住居にも思わせる。メドウの後ろを歩く最中、窓はビル群を写し出す。

 テレビはニュースを映し、ソファーはいつでも主をただ待つのみ。それを横切り、小部屋の枠に入る。空間の中心にデスクチェアとワークデスク、大きめのスクリーンが、表にある社長室と書かれたプレート通り。そこまでなら普通、けれどその向こうに、ガラスケースがある。

「これは……」

「私が初めて作った、試作品。そしていつも——文字通り、支えてくれていた」

 ガラスが通した先、そこには二つの足があった。機械的で、確かな足。ここに、バルラ社の目指す、指標となった元が存在していた。




「なあ、シルバ」

「………」

「開口一番でベットに誘った割に、元気が無いな。用事とやらに何かあったか?」

「別に。ちょっと嫌な事を思い出しただけ」

「そうか。なに、隠し事など今に始まった事じゃない。それで、昔話は……」

「話そうとは思ってる。でも一つ、アンタの事を聞かせて。どうしてそう興味を持つの?」

「……知りたいか。なら、言ってやろう。嘘は嫌いだが、もっと嫌いなのはお前がする、戦争の話だ。実の所、つまらないとさえ思う」

「——全部嘘っぱちね」

「モチロンな。何しろ俺は、本当に嘘が好きだ」


 なら、話してあげる。

 複葉機を離れて時間が経った頃。私とガードラは高い丘の上から、一つの村を見る。遠目でも荒廃具合が分かる程、殆どの建物は瓦礫と化して、その上にネフレア軍が緑のテントを張っていた。もともと敵地に向かっていたから、当然ではあるけど。

「けっ……ひでぇな。ネフレアが如何にクソで性根が腐ってるか、良く現れてやがる」

 ガードラは下唇を噛んで、見てみろと私の双眼鏡を返す。小さな家の側にあるそれにレンズを向けると、惨たらしい景色が写った。レクーヴァ軍のこん色服をまとう兵士の山だけでも随分と気味が悪いのに、一人だけ、白い木肌の姿は魂も無く膝を付き、憎たらしくも首に紐で吊るした、その看板に文字が書かれている。

 それにはひどい中傷と悪態を書き殴った、到底同じ出自とは思えないプロダク語の数々。言う事さえはばかる、けれど丸く包んで言うなら——

「くたばれ、白技が……」

 風に吹き消されそうに言ったつもりでも、ガードラは私の声を聞いていた。

「それ、読めるのか」

「……母親から習ったの。あんなろくでもない言葉は別だけどね」

「ま、ネフレア人はみんなそうだ、吸血人も白技人も滅べってな。クソだろ?」

 きっと、気を紛らわせる為だったと思うし……その時もそう思ってる。けれど私は感情の刺激に口を縮めて、不機嫌に言いながら双眼鏡の先をずらした。

「クソだのなんだの……やめて」

 その村の周囲を見張り番が囲んで、土の上に根差した大きいキャンバスの中には、一際立派な軍服の姿が、テーブルで広げた地図に何かを思い悩む。

「見えるだろ、偉そうな奴」

「ここの隊長かな。それに……あの地図。奪えたらいいけど、正面からはね」

 実の所、焦燥しょうそう感に急かされていた。こうしている間も、赤毛のメイラーが言う様にレクーヴァ軍は押し上げている。何としてでもミネアには帰りたいけれど——レクーヴァ軍にも戻りたくなかった。

「だったら夜に入って、車を奪う。シンプルだろ?」

 テントの離れには、村の道路の横に複数のトラックと、吹き抜けの小さな車両。それを兵士が、丁度燃料を補給する所だった。


 私達は、入れ替わりで見張りと仮眠を取った。

 暗闇が空を覆い、冷たい空気に晒されて横になっていると、軽くガードラに叩き起こされ、私は起き上がる。

 既にネフレア兵士は寝静まって、村の中には少ない哨兵が周り、その一人は車の近くを見張る。地図のあるテントを双眼鏡で覗いても、誰の姿も無かった。

「地図も車も奪って、逃げる。簡単な事じゃないか……」

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