百年後、貴女に出会おう.5


 随分と、変な夢を見た。海の中でぷかぷか浮いていると、羽の取れた複葉機が真っ直ぐこっちに向かってきて、すると何処からともなく、コジューンがそれを跳ね飛ばす愉快な夢。

 なんでと思う暇も無く、ベットの中ですっきりと良い心地に目覚めは過ぎる。窓の外にはいつも通りのレクバト首都。光に群がる虫の様に、ビルの下には今頃、通勤中の人々で歩道を埋め尽くす。

 寝室を出てすぐに、長い通路の先で嗅覚に付いた、油を揚げる匂いを辿り、見るとコジューンが調理場でフィッシュ・アンド・チップスを揚げて、皿に乗せた所だった。

「フィッシュかチップス、食べるか?」

「ポテト。……やっぱフィッシュ。いや、どっちも食う。塩もカレーソースも付ける。甘辛のを冷蔵庫に入れてあったよね?」

「あるぞ。相変わらずジャンクフードグルメってやつだな、シルバ」

「何それ肥満への当てつけ?」

「吸血人には珍しい。俺の様な人狼や、人間ならまだしもな」

 ポテト三本、フィッシュ二本。ソルトを振りかけ、冷蔵庫にあった甘辛カレーソースをふんだんに、口の中へ消えて、私の喉を砕けた破片が通過する。

「美食家ってゲテモノ好きだよね」

「言い得て……妙だな」

「味付けたっぷりの揚げ物を見たら、失神するのかなって思うの」

 食事の後に私は、寝室で背丈に合ったジャケットを、壁のクローゼットから着替える。鏡で自分の姿を横目に、ベット横のナイトテーブルに歩いて、棚の中から手紙を取る。そして長い通路に一つ階段を降りて、私の手は玄関に付いた。

 清々しい日光が、レクーヴァに朝を知らせる。十個もある部屋、豊かな庭、広い土地の都外にある自宅は、全く活用しきれていない。けれどガレージのシャッターが上がると、獣にだって劣らない咆哮ほうこうを吠えられる車が照らされ、鳴りを待つ。運転席に乗った私は、ハンドルの握り心地を確かめて、薄く一息にポケットから一つの手紙を取った。

 封は既に破ってある。数日前、私は読んで……棚の中に閉まっていた。

『バルラ社の社長を代表し……また旧友としてこの度、シルバ・スタンをバルラ本社へ招待いたします。こうした事は喜ばしくも、また憎たらしくもあります。しかしイベラ戦争なくして、貴女とは出会えなかったでしょう。受け取って数ヶ月後に来訪される事も構いません。貴女さえ良ければ快く、貴女を歓迎します。もし私の名前や、本社の位置が分からなければ、インターネット上のホームページを閲覧下さい』

 ………。自分は……もう知っている。

「知ってる。……忘れる訳ないよ、アンタの事は」


 レクバト首都。少なくとも十二階層を下回るビルは無いこの都市は、雲の上へ到達しようという意思を感じる。こうしたビル群が倒壊して、ドミノ倒しの様に連鎖する想像をした事はあった。実際の所、それが起きうる可能性は限り無くゼロに近いらしい。

 私は地下駐車場に車を停める。**番地ディオン通りへと目的地を決め、歩道を行った。過ぎる人々の間を潜り、流されながら、靴の捻りを感じる。そうしてバルラ本社の前で見上げて、私は堂々と正面から入る。二階、三階から見下ろされる空間で、濁りの無い空気が一気に嗅覚に広がり、反響し合う靴の音は受付の注意を引いた。

「どの様なご用件でしょうか」

「バルラ社の社長から、本社への招待を歓迎する手紙を貰ってる」

 その受付の姿は、とても白い、木肌の白い皮膚の若々しい男。手紙を拝見すると、受話器を取って、何処かに繋ぐ。

「此方に招待されていると。はい、名前ですか。——すみませんが、御名前は?」

 私は淡々に名前を告げ、受話器の声に耳を傾ける。

「シルバ・スタンと。……分かりました。シルバさん、五十階で社長が待っています」

 礼儀正しく男はエレベーターを目で指す。私は去り際に若い彼を片目に見た。

「頑張ってね、シゴト。誰かの話を聞くことも、立派な仕事の一つだからさ」

 何気の無い言葉を残して、私はエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。ドアは閉まって、箱は上へ、上へと近づき、時間は過ぎていく。その間、スマホでSNSを見た。誰かの時間は言葉に費やされ、それにまた言葉を引っ下げる。枝の様に伸び、木の様に大きく反響を呼ぶ。有名インフルエンサーの言葉は随分とつまらない。当然だ。バカはバカに合うし、天才はバカに合わない。有名インフルエンサーとは煙の立つ煙突だから。

 でも……私はロムって、或いは傍観する。何だかそこには、どういう訳か誰かを感じていた。いや、ネット的に言えば。SNSには、歴史と通ずる所がある。……身も蓋も無いけれど、それが感じる正体なのだろうか……。

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