第一章五話 呑異者

「ぬいぐるみ~ぬいぐるみ~かわいいかわいいパンダさん~」


 何とか美月を説得し終えた俺は彼女とともに俺たちの古巣、彩花園へと向かっていた。

 彩花園……そこは強力すぎる異能を持ちながらしかし、その異能を制御出来ない者を収監している施設である。


 幼いころから何かと異能を暴走させがちな美月とは離れることができなかったため、彼女の異能に対処できる人材として俺は彩花園で人生のほとんどを過ごしてきた。


 「ごめんね~祐也~、まだあんまり上手く異能を制御できなくって……」


 殊勝なことを言っているように聞こえるが多分美月は一生異能を制御するつもりはないのだろう。

 なにせ生まれてこの方、彼女は思い通りにならなかったことなどないのだから。

 機嫌が悪くなればすぐに異能を暴走させる彼女のために俺は五歳のころから付きっ切りで面倒を見てきた。

 そのせいか、美月はどこまでもわがままな少女になってしまったのである。


 「やっぱり祐也は欲しいときに欲しい言葉をくれるから好き~」


 残念ながらその言葉を発するために三百回以上のリトライしてるんだよね。

 未だに乙女心なるものがわからない俺にできることは、脳筋戦法だけであった。

 

 分かるわけがない、彩花園に置いてきたぬいぐるみを取りに行きたいから帰省に誘って欲しいなんて。

 今は幸い気分が良さそうなのでしばらくは大丈夫だろう……多分。


 「あー!あれ!」


 美月が勢いよく指を向けた先にいたのは、明らかに正気を失った存在だった。


 「あれは……完全に『吞まれてるな』」


 呑異者……それは異能の力に呑まれた存在である。

 ほとんどの人間には関係のない話だが、極まれに発症する病気のようなもので、完治させる方法はないと言われている。


 俺が時間操作をすれば治らないこともないのだが再発しやすいため、どうにもならないのが現状だ。


 「どうする?」


 美月の瞳は好奇心の光を放っていた。

 精神年齢の幼い彼女に何かを言ったところで何かが変わるわけではないのだが……

 もう少し慎みを持ってほしいというか、言ってしまえば不謹慎なのだ。

 美月にそのことを注意しようとして……


 「待ってろ!今助ける!」


 快活な声とともに飛び出してきた少年がいた。

 後ろ姿を見るに的場君……か?

 一般人に呑異者の対処ができるとも思えないのだが何か策があるのだろうか?


 ここは静観すべきだと判断して美月に声をかける。


 「美月、手を出さないで見て居よう何か考えがあるみたいだ」

 「むー、助けないのー?」

 「ああ、ここで俺が力を使っても助けられるとは限らないからな」

 「ふーん」


 彼女は俺の異能を治癒系のものだと認識している。

 小さいころ、美月が怪我をした時に、その傷を時間操作の異能で治したせいだろう。


 「よし、いくぞ!平異更新!」


 あれは……技名だろうか?

 俺のように他者に異能の種がばれるとまずい人間と違って、隠す必要のない者が叫んでいるのをたまに見るが……?


 「はあ、はあ、ここ、どこ?」


 どうやら呑異者だった女性は正気を取り戻したらしい。

 だてにハーレムの主はやっていないようで彼の能力は強力なものらしかった。


 「もういいもん、さっさと行こ!」


 俺の異能を見ることができなかった美月はどうやら機嫌をまげてしまったようだ。

 これは面倒なことになるぞ……と思いながら、彼女の後を追った。

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