第一章六話 彩花園
「随分とお早いお帰りだったね、学園はもう飽きちゃったの?」
彩花園にたどり着いた俺たちを迎えたのは園長のアンナだった。
白髪にルビーのような朱い目を持ち、俺達と変わらない年にしか見えない彼女は本人曰く年齢不詳、なかなかミステリアスな女性だ。
「ぬいぐるみを取りに来ただけだもん、すぐに学園に帰っちゃうもんねーだ」
「あれだけわがまま言ったのに一か月で帰ってきたなんてことがあったら上にどう報告すればいいのかわからないからね、助かるよ」
「先行ってるからね祐也~」
走り去ってしまった美月を目で追っていると、景色が朱色に染まった。
俺の瞳を覗き込んだアンナはその行動とは裏腹にひっそりと口を開いた。
「どう、学校は楽しい?」
その瞳には悲しみやら諦観やら後悔やら、様々な記憶がないまぜになっているようだった。
「ああ、楽しくやってるよ、友達も……出来たし」
「それならよかったけれど、無理しないでね。ゆっくりすることも大事だから」
俺の異能を知っている数少ない人物であるアンナはどうやら俺を気遣っているらしかった。
「ぜんぜんだよ、俺の異能はしっかり働いてるし、死んでも自動で発動する。知ってるだろ?」
「ええ、確かにあなたの異能の力は知ってる。けどそうじゃなくてあなたの精神的な部分が疲れてるんじゃないかって心配なの」
うげ、としそうになるのを慌てて隠す。
彼女はこういうところでなぜか勘が鋭いのだ。
もちろん精神的な疲れはたまっているし、本来なら今日は友達(そう俺が思い込んでいるだけかもしれないが)と遊びに行く予定だったのである。
そりゃ鬱憤もたまりますよ……
「いんや、全然大丈夫だよ。元気元気。」
右腕でこぶを作って、健康を表現するがアンナの表情は読めない……
昔から何かと心配性な彼女の前では明るく振る舞うことを心がけているのだが、それでも彼女の心は晴れないようだ。
「そう、まあ。それならいいのだけど……」
アンナは頭をふるうと話を切り替えた。
「ああ、そういえば他の子たちは仕事に出ているから、お話はできないかも。ごめんなさいね」
「いつでも話せるから大丈夫だよ、心配しないで」
心配性な彼女をなだめすかせながら話を振る。
「そういやアンナの異能はどうなんだ?『王権』、復活してないんだろ?」
『王権』……それがアンナの持つ異能だ。
異能規模の小さい相手から異能を奪い、それを他者に与える、勿論自分で使用することもできる。
明らかにこの異能世界ではオーバースペックなそれが彼女の持つ異能だった。
「この前の無理が祟ったのかまだまだダメそうね……」
「まあのんびり行こうぜ。最悪、俺がいれば大丈夫だろ?」
「頼り切りになってしまってごめんなさいね」
アンナは一年ほど前にその異能の力を振り絞り、世界の安寧を保った。
それしか方法がなかったとはいえ、ほとんど失敗を経験していない俺からすれば後悔の残る結末だった。
「それより美月の様子を見に行こう!目を離した隙に何をやってるか分かったもんじゃない」
「ふふ、美月ちゃんは甘えん坊さんだから……」
高校生にもなって甘えん坊呼ばわりされる幼馴染を痛々しく思いながら玄関で靴を脱いだ。
「おやつだすから少し待っててね」
キッチンに向かったアンナを見送りながら自分の部屋を確認する。
家を出た時から変わらないその清潔さは、アンナが掃除をしてくれていることを示していた。
「アンナにはお世話になりっぱなしだな」
感謝の念を感じながら、机の上にある砂時計を見る。
元々は俺の異能の練習用にとアンナが贈ってくれたものだ。
大事なものだから彩花園に置いて来ていたが、寮にもっていってもいいかもしれない。
そこまで思案したところでアンナの声が廊下から響いた。
「おやつできたよー」
「いまいくよ」
リビングに向かってみると、美月とアンナは既に着席していた。
「もー遅いよ―祐也ー」
「悪い悪い、ちょっと自分の部屋見てた」
「あら、なにか気になるものでもあったのかしら」
首を傾けたアンナが不思議そうにしている。
「いや、掃除してくれてるみたいだったから。ありがとな、アンナ」
彼女はキョトンとしたあとに柔らかく微笑んだ。
「気にしなくていいの、それくらい当然なんだから」
「もーアンナはいっつも甘いよねー」
美月が頬を膨らませているが、この感じは照れ隠しだろう。
大方美月の部屋も掃除されていたのだろう。
そしてそれに素直に感謝の言葉を口にできないと……
うーん幼い。
「早く食べましょ、冷めちゃうわ」
「「「いただきまーす」」」
アンナの言葉に従ってフォークを手に取った。
今日のおやつは俺が大好きなチーズケーキである。
急遽決まった帰省だったので三時間前に連絡したばかりなのにおやつを、それも俺の好物が用意できるなんてやはりアンナは侮れない……。
ゆっくり噛みしめるようにチーズケーキを食べていると、ふと視線を感じたので視線を上げると、優しい笑顔を浮かべたアンナがこちらを見ていた。
「ん?どした?」
「いえ、ほんとにチーズケーキが好きなのはずっと変わらないなって」
「やっぱりおいしいじゃん、この味」
「ふふ、そうね。私も大好きよ」
パクパクと食べていた隣の美月はどうやらもう食べ終わったらしく、紅茶でその唇を潤していた。
ちらちらとこちらをうかがう様子から見て、俺のチーズケーキを強奪したいのだろうがそうはいかない。
おれはゆっくりと見せつけるようにチーズケーキを完食してみせた。
機嫌がいいときの美月はこんなことをしても大丈夫なのだ。
「二人とも相変わらず仲がいいわねえ」
アンナが嬉しそうにしているがどうということはない、これが俺たちの日常だった。
「さて、そろそろ行こうかな。門限も早いし」
「えーまだ帰りたくなーい」
「いやいや門限やぶりはまずいって、さすがに」
「むー」
ふてくされている美月を連れて席を立つ。
玄関まで見送りに来てくれたアンナと軽く言葉を交わす。
「また夏には戻ってくるからそれまで元気で」
「ええ、待ってるわ。今年はどこに遊びに行きましょうか?」
「海ーーーー!」
「あら海、たしかにしばらくいってないわねえ」
ここにきて元気になった美月を連れて彩花園を出た。
「じゃあ、また」
「ばいばーい」
「ええ、いつでも帰ってきていいからね」
こちらに手を振っているアンナに手を振り返して、俺たちは帰路についた。
「たとえ死んだとしても、本来異能が勝手に発動することなんてないのよ……」
白髪の淑女の声は静かに空に溶けていった。
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