ひとりじゃない

 姉の家に着き、荷物を下ろす。「疲れたでしょ?紅茶入れるからソファに座って」と言われ、大人しくソファに腰かける。姉の家に来るのは初めてで、統一された家具やテーブルに飾られた花を見れば一人暮らしを満喫しているのがわかる。ただ、一人暮らしをするのには少しゆとりのある家だなとも思った。母にもお金を送っているはずなので、普通に働いてるだけでは暮らしを維持するのが大変なはず。紅茶を入れたカップをリビングテーブルに置くと、姉は私の隣に腰かける。

 「ごめんね。迎えに行くのが遅くなって……」

 姉は私の事をよく心配してくれていた。姉がまだ学生の頃には「何もできなくてごめんね」と謝られたこともある。

 「ううん。大丈夫だよ。それよりも……お金は大丈夫なの?」

 「お金?」

 「だって、私まで養ったら……」

 うつむく私の頭を優しく撫でると、「そんなこと考えなくていいの!正社員の仕事以外にも夜勤バイト、土日バイトしてるし。頑張って貯金もしてるから大丈夫!」と姉は微笑んだ。

 「でも、お姉ちゃんの身体が壊れちゃうよ。私なんかの為に無理しなくていいんだよ!」

 「無理なんてしてない。私なんかよりも辛い思いをしてる葉子に笑って生きてほしいから」

 姉の温かい気持ちに、涙が頬を伝い流れていく。私が泣き止むまで、姉は抱きしめてくれた。涙が落ち着くと、私の荷物の中からボロボロのギターを手にした姉が「これ、買い直そうか」と言った。これ以上は迷惑をかけたくなくて首を横に振るが、「遠慮しないで、葉子の夢を応援させて。その代わり、有名になったら美味しい食べ物を食べさせてね」と姉は微笑んだ。


 その日の夜、用意してもらった布団の中でまだ短い十六年間の人生を振りかえる。日常の中でふと思い出される記憶はたいてい辛かった時の記憶ばかりで、勝手に抜け出せない沼の中へと沈んでいく。でも、しっかり記憶を辿っていけば辛い日ばかりじゃなかった。幼い頃、歌を歌っていた私に「上手だね」と褒めてくれた姉。母に破られたチラシをテープで直してくれた兄。「楽しいね」と一緒に歌ってくれた妹たち。数え切れないほどにある幸せ。そして、「もう一回、音楽やろうよ」と誘ってくれた千弦に、大切なことを思い出させてくれた先生。

 たとえ、後付けの理由だとしても……ちゃんといた。自分の背中を押してくれる理由になる支えてくれる人が、応援してくれている人が。決して一人だけの夢じゃなかった。

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