解放された日
あの日、心の底から母を軽蔑した。ことごとく幸せを奪っていく、この家に生まれたことを恨んだ。ボロボロのギターを押し入れに戻そうとした時、何かが床に落ちてガシャンッと音を立てる。拾い上げた物は可愛い豚の貯金箱だった。そこには付箋で「葉子お姉ちゃんのギター」と貼られている。
「こんなの置いてたら、またお母さんに……」
バレたら怒られるのは私の方なのに……そう思う心と反対に、胸から込み上げてくる温かい感情。何度拭っても涙が止まらない。すると玄関の扉の開く音が聞こえ、学校から帰ってきた妹たちの「ただいまー」という声がした。座り込んで泣いている私を見ると、妹たちは駆け寄ってきて「大丈夫?」と心配そうに背中をさすってくれる。でも、手に持っていた豚の貯金箱を見ると照れくさそうに笑う。
「もしかして、バレちゃった?本当は葉子お姉ちゃんの来年の誕生日までに貯めてプレゼントしようと思ったんだけど」
「そんなことしなくてもいいのに」
そう言って二人を抱き寄せる。時に憎い日もある、私と違って母から可愛がられる妹たちをズルいと思う日も。それでも私にとっては大切な家族に違いない。
「何を姉妹で仲良しこよししてるの?」
酷く冷たい声に身体が震える。自分の部屋で寝ていたはずの母が目の前に立っていた。咄嗟に豚の貯金箱を後ろに隠したが、すぐに母にバレて奪われてしまう。
「『葉子お姉ちゃんのギター』ね。自分では買えないから妹に買ってもらうつもり?」
妹たちが誤解を解こうと口を開くも、母は二人の頭を優しく撫でて「あのね。私はあなたたちの為にお小遣いをあげているの。だから、葉子なんかに使わなくていいの。あんな、くそ野郎に似た娘なんかに」と言う。次は私の髪をつかみ「ここに置いてもらえるだけ感謝しなさいよ。本当なら追い出してやろうとしたんだからな」と母は睨む。そんな時だった、たまたま帰ってきた姉が「何してるの!」と声を上げる。母は姉に気づくと、たちまち表情を変えた。
「あら!帰ってくるなら言ってちょうだいよ」
「別に、荷物取りに来ただけだから必要ないでしょ」
「なんで、そんなに冷たいの?お母さんがなにかした?」
母の言葉を無視して、姉は私の元へ歩いてくる。
「大丈夫?なんか、前よりも痩せてない?」
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。姉は全日制の高校に通い、バイトでお金を貯めると就職を機に家を出た。時々ご飯に誘ってくれて、外で会うことはあっても家には全く帰ってこなかった。
「ねぇ、なんでお母さんを無視するの?葉子なんてどうでもいいじゃない」
「それ以上、葉子のこと
初めて聞いた姉の低く冷たい声に空気が凍る。焦る母は姉の腕を掴み「よ、葉子が悪いのよ。あんな男に似てる顔、生意気な行動を考えれば普通のことよ?」と言い訳をする。
「いつまでお父さんのこと気にしてるの!?葉子だけじゃない、私だってお父さんに似てる。なのに……同じ家族でしょ、葉子だって。今までは子供だったから逆らわないようにしてたけど、本当は嫌で嫌で仕方なかった」
小学六年生の頃、父はギャンブルの借金を抱えたまま飲酒運転による事故でこの世を去った。それから、兄妹の中でも父に一番似ていた私が母の標的になった。夜の仕事をするようになってからストレスが酷いのか、罵声に軽い暴力、母の気性はどんどん激しくなっていった。でも、私がここまで耐えられたのも音楽のおかげだった。
「今後、葉子は私の家に来てもらうから。今まで通り、家にお金は送るから口出ししないで」
そう言い放つと、姉は急いで私の荷物をまとめて外に出る。私もボロボロになったギターを持って姉についていく。妹たちのことを考えると胸が苦しくなるが、それよりも解放された安堵のほうが強かった。
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