波と他愛もないティーンの夢

福田いしろー

♾️

 夢を見た。


 何も見えず、何も匂わず、何も感じない、全てが闇に覆われた文字通り暗黒の世界に俺は1人佇んでいた。

 なぜこんなところにいるのか、ここは一体何処なのか、そもそも、自分は一体なんなのか。

 何もかもが分からない。

 行くところもなく、また帰るところもない、ただ闇の中、呆然と立ち尽くす。 



 ザァ……ザァ……


        

 ふと、波の音が聞こえた。

 海が近いのだろうか。


 海、その言葉の響きに俺は何か懐かしいものを感じる。

 俺の心に少しだけ動きが生じた。

 未来、楽観、期待。

 埃を被ったような、まだ生まれたばかりのような感情を俺は思い出す。




 ザァ……ザァ……



 

 波の音が近くなった。

 暗闇の中、何かが見えた。

 視界は依然として何も捉えていないが、脳は確かにその像を掴んでいた。

 かつての記憶なのだろう。

 夕陽が溶け出した山森、ひぐらしどもの大合唱の中、自転車を押し、何処かを目指す3人の中学生のイメージを俺は見た。

 モノクロだったその幻の意図を全て理解することは出来なかったが、彼らは見覚えのある制服を纏い、そして3人の内の一人の顔は俺にそっくり、否、俺自身だったのだろう。

 その笑顔にはうっすら暗い影がかかっていた。心の動きが強くなる。

 期待、不安、怯え。




 ザァー ザァー



 波の音がより近づく、もう直ぐそこだ。

 俺は新たな幻を見る。

 夜の帷が辺りを覆い隠そうとする頃、俺の顔からは完全に笑顔が消え失せ、諦念に満ちた表情をしていた。

 俺は暗がりを恐れず突き進む二人をノロノロと追いかけていたが、やがて立ち止まり、徐に口を開いた……





 ザァ……ザザーン!


 足元まで不可視の波がやって来た。

 足をとられないよう必死にバランスを取る。

 やがて、波が去った後、何かが残った。

 それはこの闇の中でも自ら光を発していた。

 錆び付いた自転車だった。

 先の記憶と同じ物……そうだ、間違いなく俺の物だ、高校に上がるときに捨てたはず。   

 恐る恐る自転車に触れる。

 すると突然、モノクロだった記憶に急速に色がついて行く。

 俺はあっさりと全てを思い出した。


 

 あの中学最後の夏、俺は仲間と共に山を幾つも越えた先にある海を目指して自転車を走らせていた。

 彼らとの最後の思い出を作るために。


 だが、俺は諦めた、陽の沈む山に恐れをなして逃げ出したのだ。

 そしてそれっきり、彼らとは疎遠になってしまった。


 きっと、この出来事そのものに大きな意味はない。

 だが俺はこの日、多くのものを失う選択をしてしまった。

 諦めることを覚えてしまった。

 そして俺は今も、そしてこれからも何かを失い続けていく……



「それは、嫌だ」


 言葉と共に自転車の錆びが剥がれ、輝きがより強くなってゆく。

 

 光が真っ暗だった世界を埋め尽くし――






 アラームが朝6時を告げた。


「あー……」


 薄目を開け、ため息を大きく深く吐く。


 俺は鳴き喚くスマホを黙らせ二度寝に洒落込むことにした。




 

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