深夜の規制線

最近、有名なコンビニでバイトを始めた。場所は少し街の中心部から外れたところにあるが、時給も高く、スタッフの数も少ないため、割と働きやすい。とはいえ、深夜帯のシフトを一人で任されたことは正直言って心細い。だが、慣れればどうにかなるものだと思い、日々の生活をこなしていた。


学校から帰ると、仮眠を取り、深夜0時前に起きてバイトに向かう。それから、早朝にシフトが終わり、家に戻って支度をし、学校へ行く。そんなサイクルに、少しずつ慣れ始めていた。


その夜も、私は0時前に目を覚まし、制服に着替えて出勤する準備をした。コンビニまでは自転車で10分ほど。街の明かりが少なくなるエリアに入り、人気のない道を進むのは少し不気味だが、最近はそんなことも気にしなくなっていた。


いつも通り、自転車を止め、コンビニの裏口から店内に入った。店長からの連絡もなかったし、今日も平常運転だろうと思っていた。店内の照明は明るく、防犯カメラのモニターが静かに映し出している店内を監視している。


私は、まずは品出しから始めることにした。人気のない店内で一人、棚に商品を並べる音だけが響く。時間が遅いため、客足もほとんどない。深夜の仕事は退屈で気が遠くなることが多いが、数時間耐えれば朝のシフトが終わる。そう自分に言い聞かせていた。


ただ、その夜は少し違った。私は防犯カメラのモニターに目をやった瞬間、違和感を覚えた。


モニターに映る外の映像に、普段は貼られているはずの「規制線」が破られていたのだ。規制線の向こうは、私がこのコンビニでバイトを始めた頃からずっと気になっていたエリアだった。何のために規制線が設けられているのか誰も教えてくれなかったが、「立ち入ってはならない場所」とだけ聞かされていた。


規制線が破られているのを見て、私は思わず身震いしたが、気にせず作業を続けることにした。防犯カメラの映像はただの監視映像。何か異常があれば、すぐに警察に通報すればいい。しかし、その時、モニターに奇妙な姿が映った。


規制線の向こうから、一人の老婆がゆっくりと歩いてきていた。薄汚れた和服をまとい、背中を丸めて規制線の方へと向かっている。何か不思議なことに、彼女はまるで迷っているかのように、規制線を越えたり戻ったりしていた。


「こんな時間に…?」


老婆の行動が気になり、私はモニターから目が離せなくなった。彼女は規制線を越えてしまうと、ふと足を止め、店の方を向いた。その顔がカメラに捉えられた瞬間、私は思わず息を呑んだ。老婆の顔は、まるで生気を失ったかのように白く、瞳はどこを見ているのかわからないほど曇っていた。


恐怖がじわじわと湧き上がる中、突然、防犯カメラの映像がノイズ交じりになり、映像が乱れ始めた。


「なにこれ…」


慌てて映像を確認しようとしたが、モニターは徐々に真っ暗になっていく。異常を感じた私は、すぐに警察に連絡しようと手を伸ばしたその瞬間、コンビニの自動ドアが静かに開く音がした。


振り返ると、誰もいない店内の奥から、低い足音が聞こえてくる。さっきの老婆が店内に入ってきたのか?だが、防犯カメラが正常に映っていたとき、彼女がドアに向かってくる姿は確認していない。


恐怖で震える手を止め、足音のする方へとゆっくりと進んでいった。照明の下に映る私の影が、長く引き伸ばされる。棚の隙間から、何かがこちらを覗いている気配がした。


「誰か…いるの?」


声をかけても返事はない。足音は止まらず、私の鼓動だけがやけに大きく響く。ふと、視界の隅で何かが動いた。


それは、規制線の向こう側にいたはずの老婆だった。彼女は静かに、しかし確実に、私のすぐ後ろに立っていた。


次の瞬間、私の意識は遠のき、視界が暗転した。


朝、店長が店に来ると、私は気を失って床に倒れていたという。店の防犯カメラには、規制線の破られた跡も、老婆の姿も、何も映っていなかった。


ただ一つだけ、カメラに映っていたものがある。私は気を失う前に、何かを手に握っていた。それは、破れた規制線の一部だったのだ。


その後、私は二度とあのコンビニでバイトをすることはなかった。誰も、規制線の向こうで何が起こっていたのかを知ることはなかったが、私は今でも時々、あの老婆の顔を思い出す。


彼女は何を探していたのだろう。そして、私はなぜあの夜、あんなにも強く「規制線を越えてはならない」と感じたのだろうか。


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