血塗れの訪問者
夏休みが始まると、私はお母さんと妹と一緒に、田舎に住む祖母の家へ行くことになった。お父さんは仕事が忙しく、今回は同行できなかった。田んぼと畑が広がる田舎道を進むと、ぽつんと立つ古びた一軒家が見えてくる。そこに、優しい祖母が住んでいる。祖父は認知症を患い、町の老人ホームで生活をしているため、祖母は一人暮らしだった。
祖母の家へ向かう途中、車で迎えに来てくれた祖母が運転していた。道中、古びた風景が流れる車内は穏やかな空気が漂っていた。しかし、しばらく進んだところで、助手席に座っていた母が突然、鋭い声を上げた。
「お母さん!大丈夫!?」
祖母がハンドルを握ったまま、ぐったりと意識を失っていた。後部座席に座っていた私と妹は、瞬時に恐怖に包まれた。母は運転免許を持っていなかったため、私たちは急いで救急車を呼び、祖母は病院へ運ばれた。
祖母の容態は思ったよりも深刻で、すぐに市の中心部にある大きな病院へ転院する必要があると告げられた。母は祖母に付き添うため、私に祖母の家に電車で向かい、必要なものを取ってきてほしいと頼んだ。一人で祖母の家に行くことに不安はあったが、祖母のためならと私は引き受けた。
電車を降り、祖母の家に着いたとき、すでに日は暮れていた。古びた木の扉を開けると、家の中は静まり返り、ひんやりとした空気が流れていた。祖母の家はどこか懐かしい匂いがするが、今はただ不気味さを感じるだけだった。母が迎えに来るのは翌朝。私は一晩、ここで過ごさなければならない。
しばらく祖母の家で過ごしていると、静寂が一層深まる。辺り一面、虫の声すら聞こえない。そして、静まり返った夜の中、突然、玄関のドアを叩く音が響いた。
「コンコン…コンコン…」
心臓が一瞬で早鐘のように打ち始めた。母や妹が来るわけもないし、この辺りに他の住人はいない。誰がこんな時間に?私は固まったまま、音が鳴りやむのを待った。しかし、音は止まらなかった。
「コンコン…」
恐怖で動けなくなり、耳を塞ごうとしたその時、今度は玄関のドアがギシギシと開く音がした。
「誰か…入ってきた?」
鼓動がさらに激しくなり、私は思わず水を飲んで落ち着こうとキッチンへ向かった。蛇口に手を伸ばし、水を出そうとした瞬間、背後から足音が聞こえてきた。ゆっくりと、重く、床板をきしませる音。振り返ることができず、身体が硬直したまま立ち尽くしていると、次第に足音が近づいてくる。
恐る恐る振り返ると、玄関の暗がりに、人影が立っていた。薄暗くてよく見えなかったが、その人物は全身が血に塗れていた。震える声で問いかけるが、返事はない。足音だけが、冷たい静寂の中で響き続ける。
その瞬間、全身の毛が逆立った。目の前のその人物は、祖父だった。しかし、その表情は無感情で、生きているとは思えない姿だった。
「おじいちゃん…?」
私は混乱し、叫ぶこともできないまま、ただその場に立ち尽くしていた。祖父は私のほうへ一歩、また一歩と近づいてくる。そして、手を伸ばしてきた。血に塗れたその手が、私の首に触れる直前、目の前が真っ暗になった。
気がつくと、翌朝、私は祖母の家のリビングで目を覚ました。昨晩の出来事は夢だったのか、現実だったのか、よくわからない。ただ、玄関のドアが少し開いていたのを見た瞬間、あの足音が再び脳裏に蘇った。
その後、祖母の家を後にしたが、私は二度とその田舎に戻ることはなかった。あの夜、血に塗れた祖父の姿が現れた理由は、いまだにわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます