企画参加用

@musasabi3912

鍋、渡り鳥、一瞬

薄暗い窓の中で

手紙を書く塊が一つ


いつからか

どうにもいられなくなって

抱えきれないため息を

いつものペンで形にした


近くのポストに入れてみた

次の日には無くなっていた


自分の心はどこに行くのか

誰に届いているのか

知ることはないけど

ただただ嬉しかった


自分の中の心をほじくって

ただただ書き続けた




薄暗い窓の中で

手紙を書く塊が一つ


今日書いているのはいつかの思い出

塊がヒーローにだってなれた頃

鍋を頭に被って

木の棒を手に持って

いつものペンで地図を描いて

あの丘の向こう側へと歩いて行った


ポストに入れた




薄暗い窓の中で

手紙を書く塊が一つ


今日書いているのはいつかの記憶

夕焼けがきれいだった

眺めていると

渡り鳥が空にたくさんの穴を空けていった

それは集まったり離れたり

どこか自分のようだと思った


ポストに入れた




薄暗い窓の中で

手紙を書く塊が一つ


今日書いているのはいつかの一瞬

それは鈍い光

許せなくて

許されたくて

薄暗い窓の中に逃げ込んだ


ポストに入れた




薄暗い窓の中で

手紙を書く塊が一つ


書き終えた手紙を出しに行った


ポストが無くなっていた


暗い窓の中で

手紙を書く塊が一つ


これまで書いた手紙が全て返された

張り紙には

宛所に尋ね当たらずの文字


真っ暗な窓の中で

手紙を書く塊が一つ


誰かに届くと思っていた

誰にも届いてなかった


窓の中で

手紙を書く塊が一つ




暗闇の中で

手紙を書く塊が一つ


誰にも届かなくても

今更書くことをやめられない


誰にも届かなくても

誰かに届いてほしい


ポストを探した




暗闇の中で

呼びかける声が一つ


「ハロー、ハロー、聞こえるだろう。」

「君の傍にずっといたんだよ。」

「その手紙を読むべき人は。」

「こんなに近くに。」


灯りを探した




薄明りと一緒に

手紙を読む塊が一つ


よく知っていて

何も知らなかった

自分のこと


いつものペンで刻まれた

自分の心




薄暗い窓の中で

自分の心と出会った命が一つ


向き合うには眩しくて

背を向けるには寂しい

本当の心


命は手紙で飛行機を折り

窓の外へ放った

それを追うように

たくさんの手紙が舞い上がった

それはいつか見た渡り鳥たちのようだった


それを追うように

命は頭に鍋を被り

いつものペンを持って

窓の外へ飛び出した




眩しい窓の外で

手紙を運ぶ命が一つ


今日も忙しなく走り回っている

なんて大変そうなんだろう

なんであんな事をしてるんだろう


この薄暗さがちょうどいい

こんな僕にだって手紙を書けば

きっと読んでくれる誰かがいる


それは誰なんだろう


眩しい窓の外から

呼びかけてくる命が一つ


「ハロー、ハロー、聞こえるかい。」

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