「王敦の乱」論功

 残る「賊」の征討は続くものの、七月丁酉(二十七日)に自ら「南皇堂」に出ていた明帝は宮に戻り、大赦が行われる。次いで、征伐の論功が行われるが、明帝紀に記されたそれは以下の如くで、趙胤の名も見える。


 封司徒王導爲始興郡公、邑三千戶、賜絹九千匹。

 丹楊尹溫嶠建寧縣公、尚書卞壼建興縣公、中書監庾亮永昌縣公、北中郎將劉遐泉陵縣公、奮武將軍蘇峻邵陵縣公、邑各千八百戶、絹各五千四百匹。

 尚書令郗鑒高平縣侯、護軍將軍應詹觀陽縣侯、邑各千六百戶、絹各四千八百匹。

 、右將軍卞敦益陽縣侯、

 其餘封賞各有差。


 王邃・祖約・陶瞻が見えないが、基本的には先に明帝紀で名が挙がっていた人物で、この他にも阮孚・荀崧・桓彝・劉超などが功によって封じられた事がそれぞれの傳に見え、それらが「其餘封賞各有差」に当り、明帝紀には殊勲の者の名が挙げられているのだろう。從って、趙胤は等級としては第四位、総数としては九・十位相当の功を挙げたと認められた事になる。

 將軍としては、沈充・錢鳳を討つに決定的であった劉遐・蘇峻に次ぎ、具体が見えないが、卞敦と同格となる。先に名を挙げられているという点では、卞敦より上位とも言える。

 ここで趙胤は湘南縣侯に封じられているが、趙誘の平阿縣侯とは異なり、本傳に「嗣爵」が見えない事からみても、彼は父の爵位を繼いではおらず、自らの功績によって叙爵されたのだろう。

 この時点で、將軍号(四品將軍)、爵位(縣侯)の点では父に並んだ事になる。なお、湘南縣は湘州の衡陽郡に在り、趙誘が杜弢征討に奮闘した長沙郡に近い縣である。父親の功を偲んでという意味もあったかもしれない。


 ただ、功を挙げたと言っても、沈充・錢鳳等の迎撃に於いて宣陽門まで押し込まれたというだけで、具体的な「功」は不明である。應詹傳に「賊從竹格渡江、詹與建威將軍趙胤等擊敗之、斬賊率杜發、梟首數千級。」とあるので、劉遐・蘇峻の横撃に呼応して、反撃を加え、その撃破に貢献したのであろう。

 戦線の崩壊を防ぎ、反撃の機会まで維持したという点では、沌陽に於ける杜曾との戦いと同様であり、或いは、趙胤の才は守勢、それも、追い詰められた時にこそ本領を発揮するという類いであったのかもしれない。


 ともあれ、論功が一段落し、周撫・鄧岳などを除き、沈充・錢鳳以下の「敦黨」が平定されたであろう十月に、宮廷及び外鎮の人事が行われている。王敦亡き後の体制の再編、「敦黨」が抜けた跡を埋める目的からであろう。明帝紀に見えるその人事は以下の如くである。


 以司徒王導爲太保・領司徒、太宰・西陽王羕領太尉、應詹爲平南將軍・都督江州諸軍事・江州刺史、劉遐爲監淮北諸軍事・徐州刺史、庾亮爲護軍將軍。


 王導が太保と為り、司徒を領し、太宰西陽王羕が太尉を領している。名目上、廷臣の首座は太尉・司徒・司空の三公であり、上公たる大宰・太傅・太保は顧問的にその上に立つが、王導・西陽王羕がその両座を兼ね、朝廷の筆頭に立つ事になる。

 王導が人臣の、西陽王羕が皇族の筆頭という事になるだろう。上公の一、太傅と三公の司空は空席であったのか該当者が不明である。


 上公は「無其人則闕」であるので空位であっても問題は無いが、三公の一角、司空の不在は珍しい。東漢(後漢)以降、魏・西晉を通じても殆ど確認できない。但し、これ以降、東晉に於いては屡々見受けられ、永和年間(345~356)以降は殆ど就任者を確認できない。

 王導には「劍履上殿、入朝不趨、讚拜不名」も加えられたとその傳にあるが、「固讓」している。これは王敦でも触れた如く、禪譲を思わせる特権であり、王導が辞したのは当然であろう。

 三公の下で実務を担う尚書の首座、尚書令には郗鑒が引き続き在り、左・右僕射は、これも引き続き荀崧、陸曄であったと思われる。基本的には從前通りであるが、名分上の王導の地位上昇とは裏腹に、王敦(錢鳳)平定に功を挙げた郗鑒・溫嶠等の権威が増したと想われる。但し、溫嶠の地位に関しては前將軍に進んだ事がその傳に見えるのみである。


 外鎮に関しては王敦が本来領していた江州に應詹が平南將軍・都督江州諸軍事・江州刺史と為り、揚州については明記が無いが、王導が乱中から引き続き刺史を領したとも思われる。

 徐州には劉遐が監淮北諸軍事・徐州刺史(劉遐傳:「散騎常侍・監淮北軍事・北中郎將・徐州刺史・假節」)として、王邃に代わっている。王邃の名は以降見えないので、死去したのであろうか。

 豫州には引き続き祖約が「以功封五等侯、進號鎮西將軍、使屯壽陽、爲北境藩扞。」として在るが、鎮西將軍に関しては、後の咸和二年(327)五月に「加豫州刺史祖約爲鎮西將軍」とあるので、この時点ではない可能性がある。

 荊州は王舒が都督荊州・平西將軍・假節に進められたとその傳に見え、湘州は先に述べた様に、翌三年の時点で劉顗が刺史であるので、彼が任じられていると思われる。

 この他、庾亮が護軍將軍、卞壼が領軍將軍と為った事がその傳に見える。領軍及び護軍は「領營兵」であり、中軍(宿衛)を統括する將軍である。從って、この両者が明帝直衛の任に当たる事になる。また、乱中の明帝の詔に見える「驃騎將軍南頓王宗、鎮軍將軍汝南王祐」も相応の地位にある筈である。

 但し、南頓王宗はその傳(卷五十九)では「元帝即位、拜撫軍將軍、領左將軍。明帝踐阼、加長水校尉、轉左衛將軍。」とあり、驃騎將軍と為ったのは太寧三年(325)九月の「以撫軍將軍南頓王宗爲驃騎將軍」時点となっている。

 汝南王祐もその傳(同卷)には「建武初、爲鎮軍將軍。太興末、領左軍將軍。太寧中、進號衛將軍、加散騎常侍。」とあるが、同じく太寧三年九月に「領軍將軍汝南王祐爲衛將軍」とあり、紀・傳に齟齬がある。

 汝南王祐傳の記述を勘案すれば、南頓王宗は撫軍將軍で領左衛將軍、汝南王祐は鎮軍將軍で領左軍將軍、後にそれぞれ驃騎將軍・衛將軍と為ったのであろうか。領軍將軍には翌三年の時点で陸曄が卞壼に代わって就いている事がその傳(卷七十七)に見える。

 何れにせよ、撫軍・鎮軍共に中軍系の軍号であり、同じく中軍に屬する左衛・左軍を領しているので、王導と西陽王羕の如く、卞壼・庾亮と中軍を分掌したという事であろう。


 さて、政事・軍事における高位の官職に関しては以上の通りだが、当然ながら、趙胤はこれ等に係わる地位(品秩)に達しておらず、叙任に与っていない。本傳には、この時期の記述、更には「王敦の乱」に関与した事すら見えず、彼が如何なる地位に在ったのか、全く不明である。とは言え、帝紀に叙爵が記される程の功を立てた人物が、無役とも考え難い。

 因みに、趙胤と同等の封賞に与った卞敦は尚書(三品)、次いで光祿勳(三品)、後に「都督安南將軍・湘州刺史・假為っている。「都督安南將軍」では意味が不明なので、都督の後に「湘州諸軍事」が脱落しているのだろう。

 また、趙胤・卞敦より格上の封賞に与った蘇峻は使持節・冠軍將軍(三品?)・歷陽內史(五品)と為り、散騎常侍(三品)を加えられている。卞敦より地位はやや低いが、これは乱以前が奮武將軍(四品)・臨淮太守(五品)であった事を思えば、当然だろう。

 蘇峻とほぼ同格の奮威將軍・廣陵太守であった陶瞻も、その傳に「歷廣陵相、廬江・建昌二郡太守、遷散騎常侍・都亭侯。」とあり、咸和三年(328)二月に死去するので、少なくとも廣陵太守(相)から廬江太守、おそらくは廬江・建昌二郡太守に遷り、蘇峻と同様に散騎常侍を加えられ、都亭侯に封じられたのだろう。

 なお、建昌郡は地理志に見えない郡だが、豫章郡に建昌縣があるので、一時的に豫章から分立された郡であろうか。或いは、可能性は低いが武昌郡とも思われる。


 以上の例から見ても、趙胤は少なくとも、何処いずこかの太守・內史、或いは、第四品又は第五品の何らかの官に遷任して然るべきであるが、不明とする他ない。

 二年後の咸和元年(326)に右衛將軍(四品)であるので、この時点で遷ったと見る事もできるが、先の詔に「右衛將軍胤」とあった虞胤が、後に宗正に遷るまで在任中の筈である。

 また、虞潭傳には「會(沈)充已擒、罷兵。徵拜尚書、尋補右衛將軍、加散騎常侍。」とあり、虞潭が尚書を経て、右衛將軍と為っており、これも咸和元年以前であるので、趙胤の就任はその後と推定される。

 或いは、趙胤がこれまでの推定通り、二十代前半又は、やや上であったならば、その弱年故に官は留め置かれ、王導直属の將として在ったとも考えられる。更に建威將軍が戦時に於ける権宜の措置であれば、留め置かれたのも当然かもしれない。ただ、何れにせよ、本傳に記述がない理由は不明である。


 斯くして、王敦死後の体制は定まり、順調であれば、若き新帝(明帝)の下、「太寧」が訪れる可能性もあったと思われる。

 しかし、翌太寧三年(325)閏八月、二十七という若さ、在位僅かに三年で明帝が崩御してしまう。恰も王敦の打倒に精根尽き果てたかの様な死だが、その早すぎる死によって、東晉に再度、動乱が引き起こされる事になる。


 なお、明帝は元康九年(299)生まれであり、趙胤とは想定による多少の前後はあるが、概ね同年輩と目される。同年末に起こった当時の皇太子廃位が、「八王の乱」の本格的な始まりであり、以後、「永嘉の乱」を経てこの時点に至るのであるから、両者は共に「太寧」を知らない世代である。

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