趙誘の死

 琅邪王睿は自身の正統性を示す為にも荊州を制圧する必要があり、武昌太守に任じられた趙誘は江州刺史王敦の下でそれに從事する事になる。ただ本来、その任を担うべきは荊州刺史であった陶侃であり、それに代わった王廙である。


 陶侃の左遷に対しては、その「佐吏將士」鄭攀・蘇溫・馬儁(馬俊・馬雋)等が留任を請うも許されず、かと言って、陶侃と共に南行する事も望まなかった鄭攀等は、遂に王廙を拒むに至り、彼等に襲撃された王廙は南平郡の江安に奔っている。

 王廙を逐った鄭攀等は杜曾、延いては第五猗を迎え、琅邪王改め、晉王睿に公然と反旗を翻す。これが建武元年(317)八月の「荊州刺史第五猗爲賊帥杜曾所推、遂與曾同反。」に当たる。


 これに対して、王敦は趙誘等を派遣している。本傳には「時杜曾迎第五猗於荊州作亂、敦遣誘與襄陽太守朱軌共距之。」と、独自に動いている様に見えるが、周訪傳には「王敦以從弟廙爲荊州刺史、令督護征虜將軍趙誘・襄陽太守朱軌・陵江將軍黃峻等討曾。」とあり、趙誘等は王廙の節度下にある。

 なお、ここで、趙誘は「征虜將軍」とあるが、これは第三品の軍号であり、刺史以上、多くは監(州)軍事が帯びており、武昌太守の趙誘には不相応、本傳にも見えない。これは後に見る様に、追贈である。

 武昌太守と為るに当って、新たな軍号を加えられている可能性もあるが、これまで通り、廣武將軍であったと思われる。贈号や最終官位(極官)で記される例は間々あるが、これまで見てきた様に、周訪には官の不一致が多く、彼に関する記録の不備と思えなくもない。


 共に名が見える、襄陽太守朱軌・陵江將軍黄峻はこの件に関する以外は見えず、詳細は不明である。朱・黄共に頻出する姓で、江南関係に限っても、朱氏には、吳將朱治・朱然の丹楊故鄣、同じく朱桓・朱異父子の吳郡吳、「黄巾の乱」を鎮圧した朱儁の會稽上虞など、黄氏ではやはり吳將である黄蓋の零陵泉陵などがある。

 両者が江南出身とは限らないが、趙誘と類似の家系の出である可能性はある。また、朱氏では同時代に、共に卷八十一に傳が有る「安陸人」朱伺及び、「義陽人」で「世爲名將」と云う朱序の父朱燾、『宋書』卷四十八に傳が有る「沛郡沛人」で「家世將帥」と云う朱齡石の祖父朱騰などがいる。朱燾・朱騰は趙誘と似た家系と思われる。


 但し、劉弘傳(卷六十六)には、襄陽郡が「名郡」故に、やはり系譜が見えない牙門將皮初の就任に難色を示された事が見える。この皮初は劉弘の下、当時、荊州に反した張昌の討伐に「爲都戰帥、忠勇冠軍、漢沔清肅、實初等之勳也」という功を挙げているにも拘らず、「名器宜慎、不可授」とされている。

 從って、当時より更に戦乱の著しい建武元年の時点でも同様の認識が残っていれば、朱軌は「名郡」に相応しい「名器」を持つ家系の出となる。

 なお、結局、皮初の就任は劉弘の再表によって認められている。ついでに言えば、皮初の襄陽太守補任を求める表には、「長史陶侃・參軍蒯恒・牙門皮初、勠力致討、蕩滅姦凶、侃恒各以始終軍事」として、陶侃を「府行司馬」に、「沶鄉令虞潭、忠誠烈正、首唱義舉、舉善以教、不能者勸」によって虞潭を醴陵令に補任する事も求められている。


 話を戻せば、趙誘は武昌太守、そして、おそらくは廣武將軍として、襄陽太守朱軌・陵江將軍黄峻と共に杜曾の征討に向かっている。三者は基本的に荊州刺史王廙の節度下にあるだろうが、趙誘と朱軌は同じ太守、更に王敦傳に「部將朱軌・趙誘」と併記されている様に同格、黄峻は陵江將軍が五品であるので、廣武將軍(四品)以上である趙誘より格下であっただろう。

 これまでの征討では、主將以外に周訪等の名が共に見え、趙誘は次將以下であったと思われる。だが、この征討では記録上、王廙以外に趙誘の上位者は見えず、戦いを主導する立場にあったかと思われる。


 趙誘の立場が向上していると言えるが、一方で、この征討は困難が予想されている。

 杜曾は油断があったとは言え、陶侃を撃破した事がある「驍勇絕人」・「勇冠三軍」なる人物であり、陶侃の下に在った鄭攀等がそれに与している。更に本傳には「(第五)猗既愍帝所遣、加有時望、爲荊楚所歸。」と第五猗に「時望」があり、荊楚(荊州)の衆望が寄せられていた事が見える。

 対して、王敦は陶侃を廣州刺史に逐った事で、少なくとも鄭攀等荊州の吏・將の望は失っている。王廙も陶侃に代わった者として、故吏・故將からは王敦の同類と見做されているだろう。

 また、王廙自身もその傳に「少能屬文、多所通涉、工書畫、善音樂・射御・博弈・雜伎。」とある様に多才で、姨兄である晉王睿から親敬されているが、後に「在州大誅戮侃時將佐、及徵士皇甫方回。於是大失荊土之望、人情乖阻。」となる様に、人格的にはやや信頼し難い人物である。

 つまり、趙誘は衆望を得た強力な敵に、輿望の寡ない人物の下で当らねばならず、士気の面で圧倒的に不利であったと言える。


 当然ながら、本傳にある様に趙誘等は「苦戦」し、遂に同年九月に「戊寅、王敦使武昌太守趙誘・襄陽太守朱軌・陵江將軍黃峻討猗、爲其將杜曾所敗、誘等皆死之。」とある如く、戦死している。

 九月戊寅はその末日で、二十九日であるが、趙誘等が討伐に向かった日ではなく、敗れ、死した日であろう。周訪傳には「大敗於女觀湖、誘・軌並遇害。」、朱伺傳(卷八十一)には「攀等遂進距廙。既而士眾疑阻、復散還橫桑口、欲入杜曾。時朱軌・趙誘・李桓率眾將擊之、攀等懼誅、以司馬孫景造謀距廙、因斬之、降軌等。」とある。

 「女觀湖」・「橫桑口」(橫桑)は共に『水經注』(卷二十八沔水中)に見え、引用はしないが、共に江夏郡南部、沔水縁辺の地名で、林鄣の上流部に当たる地である。朱軌の襄陽太守は遥任であろうから、趙誘と共に、江夏対岸の武昌から沔水沿いに襄陽へ向かおうとした、或いは、江安へ逃れた王廙との合流を期していたと思われる。


 斯くして、詳細は不明だが、趙誘は戦死している。朱伺傳に「攀等……降軌等」とあるので、鄭攀等を一度は降したものの、杜曾との戦いに敗れたと思われる。この戦いには、趙誘の子である趙龔も参陣しており、父と共に死している。

 黄峻も同じく戦死したと思われるが、朱伺傳に朱軌・趙誘と共に見える李桓は、同傳で後に「時王廙與李桓・杜曾相持、累戰甑山下。」とあるので、杜曾に降っているかに見える。

 しかし、この「李桓」は、以降も周訪傳や王敦傳などに見え、これ以前も含め、一貫して王敦の下に在り、その「爪牙」とされる「李恒」と同一人と思われる。從って、「王廙・李桓〔恒〕與杜曾相持」の誤りではないか。

 なお、朱伺は陶侃麾下として鄭攀等に同心を誘われるも從わず、王廙の下で戦い、この「甑山下」での戦い以前に創を負っており、「賊欲至」の声に創を開いて死去している。 


 王敦は趙誘の死を甚だ悼惜し、上表して趙誘を「贈征虜將軍・秦州刺史、諡曰敬」とし、自身の侍中を免じ、江州牧を辞している。これは太興元年(318)四月の「加大將軍王敦江州牧」頃の事と思われる。また、趙龔にも新昌太守が贈られている。

 征虜將軍は先に触れた様に第三品、秦州刺史は「州刺史領兵者」であるので第四品である。それぞれ、廣武將軍・武昌太守より上位のものを贈られている。ただ、趙誘と秦州に係わりは無く、秦州であった理由は不明である。或いは、秦州天水の著姓に趙氏があるので、趙誘の家系がその裔などに関連付けられたのかもしれない。

 諡の敬は「うやうやし」・「つつしみ」の意であり、『逸周書』謚法解に依れば、「夙夜警戒曰敬」・「夙夜恭事曰敬」であると云う。「夙夜」、早朝から深夜乃ち「常に」、「警戒」・「恭事」なる事を云う。

 「警戒」・「恭事」、共に「つつしむ」・「うやうやしい」事を云うが、「警」・「戒」には「そなへ」という意もあるので、やや軍事的な趣もあり、趙誘の諡としては、こちらの意が強いだろうが、彼の為人自体が慎み深いと評されていると思われる。

 この趙誘の戦死によって、趙胤が史乗に登場する事になるのだが、先ずは趙誘立傳の意味について考察してみたい。


 列傳第二十七の論贊には以下の如く、趙誘は張光と共に評されている。


 史臣曰:忠爲令德、貞曰事君、徇國家而竭身、歷夷險而一節。……景武、南楚秀士。元孫、累葉將門、赴死喻於登仙、效誠陳於上策、竟而倶斃、貞則斯存。

 贊曰:憲居玉壘、才博流譽。脩赴石門、惠政攸著。……惟趙與張、神略多方。作尉北地、立功西湘。


 論(「史臣曰」)に「效誠陳於上策」、贊に「神略多方」とあるのは、趙誘の場合、郗隆に対する建策を言い、「功を西湘に立」て「竟に…斃」れた事に「貞」が存しているとされている。つまり、論冒頭の忠・貞・徇國家が認められ同卷に立傳された事になる。

 これまで見てきた様に、趙誘は元帝(琅邪王睿)の江州・湘州平定に從事し、荊州平定に於いて戦死している。具体的な功績については詳細を欠くが、これらが「立功西湘」と総称されているのだろう。

 揚州と、趙誘が関与した江州・湘州・荊州は東晉の根幹となる地域である。東晉初期の祖逖による豫州、中期に至る頃の桓溫による益州、同じく桓溫及び末期の劉裕等による北伐の成果を除けば、概ね上記四州に廣州・交州が東晉の領域である。

 趙誘はその根幹を築き上げる際に功を挙げ、そして、その途次に戦死した事で「徇國家」と認められた、と言える。

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