杜曾について
杜弢の再起後、王敦の存在は後景に引き、陶侃が征討を主導する事となるが、建興元年(313)十月「荊州刺史陶侃討杜弢黨杜曾於石城、爲曾所敗。」、二年(314)三月「杜弢別帥王真襲荊州刺史陶侃於林鄣、侃奔灄中。」と、当初は陶侃がやや劣勢となっている。
但し、ここで「杜弢黨」とされている杜曾は、実際は杜弢との関連が薄く、旧荊州の中部、湘州分立後の荊州南部に当たる竟陵郡(元江夏郡西部)を中心に活動した人物である。
杜弢と同じく卷百に傳があり、元々は荊州北部の宛(南陽郡)・襄陽(襄陽郡)間に在る新野の人と云う。同郡を以て封じられた新野王歆の鎮南參軍、南郡の華容令(江陵東、竟陵南)、南蠻司馬を歴任し、「驍勇絕人」にして、戦陣にあっては「勇冠三軍」とされる。
なお、この「南蠻司馬」について、『通鑑』は「歆南蠻司馬」とし、南蠻校尉たる新野王歆の司馬としているが、新野王歆が南蠻校尉と為った事はその傳(卷三十八宣五王傳附)などからは確認できない。
南蠻校尉は通常、荊州刺史が帯領するが、新野王歆は使持節・都督荊州諸軍事・鎮南大將軍・開府儀同三司だが、荊州刺史には為っていない。少なくとも、彼が死去した太安二年(303)の時点での荊州刺史は宋岱であり、新野王歆ではない。
また、「南蠻司馬」後の杜曾傳の記述は「會永嘉之亂」であり、以下に述べる永嘉六年(312)正月に当たる記事である。新野王歆の死後、約十年を経ており、その間、彼は無官であった事になる。
從って、杜曾が司馬であった南蠻校尉はこの間の太安三年(303)から光熙元年(306)に刺史であった劉弘、或いは杜弢の挙兵以前まで刺史であった王澄であろう。前者であった場合、劉弘の南蠻長史であった陶侃とは旧知と思われる。後者であったとしても、同じ荊州に屬する將として、互いに無知ではないだろう。
そして、杜曾は「永嘉の乱」の中、永嘉六年正月に竟陵で「楚公」を称した「故牙門將胡亢」の下で竟陵太守に假せられる。次いで、陶侃傳にも見える江陵(竟陵西)に拠って荊州刺史を称した王沖との争いの中、胡亢を殺害し、自ら南中郎將・領竟陵太守と号する。更に、王貢の示唆によって王沖を討つも、陶侃の召致を拒み、王貢と共に挙兵している。
この頃、長安の愍帝が第五猗を安南將軍・荊州刺史(周訪傳:「征南大將軍、監荊・梁・益・寧四州」)とし、荊州に入らせているが、当然ながら、建康の琅邪王睿が任じた荊州刺史陶侃とは相容れない存在である。杜曾はこの第五猗を襄陽に迎え入れ、彼を擁して、陶侃、延いては建康の琅邪王に対抗する事になる。
この杜曾を石城に討ち、敗れたのが、建興元年(313)十月の「荊州刺史陶侃討杜弢黨杜曾於石城、爲曾所敗。」という記事である。なお、「石城」は揚州宣城郡に石城縣があるが、この場合は羊祜傳(卷三十四)に「吳石城守去襄陽七百餘里」と見え、後に荊州刺史庾亮が鎮を移そうとした「襄陽之石城」であり、襄陽・竟陵間の地である。この庾亮も後に趙胤と係わる事となる。
石城での敗北について、杜曾傳では「時陶侃新破杜弢、乘勝擊曾、有輕曾之色。」とあり、杜弢を破った事で杜曾をも侮り、為に敗れたとする。この「新破杜弢」は陶侃傳で「白衣領職」に続く「侃復率周訪等進軍入湘、使都尉楊舉爲先驅、擊杜弢、大破之、屯兵于城西。」という記事に当ると思われる。
『晉中興書』で「建興九年〔元年〕冬、左將軍王敦、遣振威將軍周訪・廣武將軍趙誘、受陶侃節度、征蜀賊杜弢。大戰、蜀賊以桔槔打沒侃二十餘艘、人皆投水。」とし、先に見た同傳の「帝使侃擊杜弢、令振威將軍周訪・廣武將軍趙誘受侃節度。侃令二將爲前鋒、兄子輿爲左甄、擊賊、破之。」と同一であろう。この杜弢に対する勝利で官を復された故に、愍帝紀では「荊州刺史陶侃」とあると思われる。
杜曾を討とうとしたのは、形式的には隣州である湘州ではなく、本来の管轄である荊州を平定しようとしたのだろう。杜弢に専心する為に、後背の安定を策したとも考えられる。しかし、その目論見は、この敗北によって頓挫する。以降も、第五猗を擁した杜曾が荊州を掌握し、これが後に趙誘の死に繋がる事になる。
なお、杜曾傳ではこの後、杜曾が「率流亡二千餘人圍襄陽、數日不下而還。」、襄陽を囲んだとあるが、襄陽は先に第五猗を迎えており、荀崧傳(卷七十五)に、都督荊州江北諸軍事・平南將軍として宛に鎮していた荀崧が「爲賊杜曾所圍」とあるので、宛の誤りかと思われる。
因みに、この攻囲は荀崧の「小女灌」が包囲を突破して、襄城太守石覽・南中郎將周訪に救援を求め、その援軍によって解かれている。但し、周訪が南中郎將と為るのは、後年、杜曾が討たれた後であり、この時点ではまだ、振武將軍の筈である。なお、荀崧もまた、東晉初の重臣として、直接ではないが、趙胤と係わる事になる。
杜曾について、やや詳しく見たが、これは彼が趙誘の死に係わるからであり、趙胤が史乗に登場する契機となる人物であるからである。ただ、ここは、なお暫し、陶侃の杜弢征討について見ていきたい。
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