趙誘と趙氏

 趙胤が世に知られたのは父の死を契機とするので、比較の意味でも、先ずは、その父である趙誘について見ていきたい。


 趙誘の傳が有る『晉書』卷五十七は彼以外に羅憲(附羅尚)・滕脩・馬隆・胡奮・陶璜・吾彥・張光が立傳されている。何れも地方の鎮撫に功績を遺した人物で、趙誘及び羅憲(監巴東軍事・領武陵太守)・馬隆(平虜護軍・西平太守・東羌校尉)以外は刺史以上の地位まで登っている。

 その点では廣武將軍・武昌太守に終わった趙誘はやや劣るとも言える。但し、羅尚・張光については、所謂「永嘉の乱」に先立つ、益州・梁州の騒乱を鎮定し得ず、治績を全うしたとは言い難い。荊州の動乱の中で戦死した趙誘と同様とも言える。


 さて、趙誘自身について見ていくと、まず、「淮南人」とある。『晉書』地理志(以下、地理志)では淮南郡は揚州に屬し、壽春・成德・下蔡・義城・西曲陽・平阿・歷陽・全椒・阜陵・鍾離・合肥・逡遒・陰陵・當塗・東城・烏江の十六縣を統括するが、趙誘が何処の出身かは不明である。


 趙誘の姓、趙は比較的著名な姓であるが、有傳者はやや少なく、『後漢書』には8名いるが、『三國志』では魏の趙儼、蜀の趙雲、吳の趙達の3名、『晉書』では趙誘と文苑傳の趙至のみである。

 趙姓の人物は『晉書』全体では趙誘・趙胤以外に74名、『三國志』中に42名を確認できるが、本貫が知れる人物、及び『晉書』については名(姓名)が複数回登場する人物も挙げれば、以下の如くとなる。


『後漢書』有傳者8

 趙憙(南陽宛人) 趙典(蜀郡成都人) 趙孝(沛國蘄人) 趙咨(東郡燕人) 趙岐(京兆長陵人) 趙曄(會稽山陰人) 趙苞(甘陵東武城人) 趙彥(琅邪人)


『三國志』有傳者3

 趙儼(潁川陽翟人) 趙雲(常山真定人) 趙達(河南人)

 趙犢(故安) 趙衢(南安) 趙昱(瑯邪) 趙咨(河內司馬朗同縣) 趙基(金城) 趙安(酒泉龐淯外祖父) 趙息(京兆郡功曹) 趙昂(天水趙偉璋) 趙戩(京兆長陵人) 趙敦(潁川) 趙咨(吳) 趙曄(山陰) 趙濯(江夏功曹)


『晉書』有傳者2

 趙誘(淮南人) 趙至(代郡人)

 趙俊(趙浚;趙粲叔父)3+4 趙廞10 趙驤(趙浚子)15 趙冉(趙染)2+9 趙固17 趙毗2 趙弘3・趙憶3(南陽人) 趙統3 趙元2 趙倫之(下邳僮人;『宋書』有傳) 趙未(無錫人) 趙氏(天水;武元楊皇后母) 趙粲5 趙領2 趙韶2 趙盤4 趙長4 趙睦5 趙蕃2 趙貞2 趙充哲2 趙攬6 趙生4 趙鹿3 趙掇2 趙泉(趙淵)2 趙盛之(金城) 趙遷2 趙整2 趙曜(西州豪族)5 趙惡地2 趙策3 趙琨3 趙肅3 趙晁3


 趙氏が確認できる郡は南陽(趙憙・趙弘・趙憶)、下邳(趙倫之)、會稽(趙曄・趙未)、天水(趙昂・天水趙氏)、代(趙至)、金城(趙基・趙盛之)、范陽(趙犢)、南安(趙衢)、琅邪(趙彥・趙昱)、河內(趙咨)、酒泉(趙安)、京兆(趙岐・趙息・趙戩)、潁川(趙儼・趙敦)、常山(趙雲)、江夏(趙濯)、河南(趙達)、蜀(趙典)、沛(趙孝)、東郡(趙咨)、甘陵(趙苞)となる。明記はないが趙浚・趙驤・趙粲も天水と見られる。

 概略、「西州豪族」とされる趙曜も含め、西方に多く、『三國志』王朗傳附の薛夏傳に「天水舊有姜・閻・任・趙四姓」とある様に天水郡の著姓である。趙誘の淮南に比較的近いのは、南陽、潁川、下邳、沛などであるが、直接の関係は無いと思われる。


 また、『晉書』で名が複数回見える人物は、多いものでも趙驤の十五、趙固の十七、 趙冉(趙染)の十一であり、他は多くとも五回前後、それも、同一事を述べた場合も多く、一回のみが殆どである。その中で、趙胤の二十五というのは突出して多い。晉代の趙姓で趙胤が最も著名、少なくとも、最も言及されることが多い人物であるのは間違いない。


 参考までに、後々言及する事が多い人物について、『晉書』中での検索回数(当人の傳及び校勘記等除く)を挙げれば、以下の如くである。


 王敦238 石勒231 王導169 蘇峻121 庾亮112 陶侃93 溫嶠80 郗鑒53 郭默45 祖約40 祖逖26 周訪24 周撫(周訪子)23 鄧嶽16 虞潭14 毛寶13


 周訪の附傳である周撫以外は傳(石勒は載記)を有し、一概には言えないが、趙胤は当代に最重要と言えるような人物は別として、專傳を有する人物と同程度に言及される事が多い人物と言える。


 趙氏について詳しく見たのは、趙誘(趙胤)の家系について考察する為である。上で述べた様に、淮南に他の趙氏は見えず、趙誘の父祖は不明である。「世(代々)將を以て顯」れたと言うが、他に淮南趙氏の族員は確認できず、どの程度「顯」れていたのかも不明である。

 淮南郡は三國時代には、江水縁辺の歷陽・烏江などを除いて、ほぼ魏の領域であり、合肥周辺は魏の対吳最前線とも言える。この地域で「將」であったという事は、魏に屬し、対吳の武將として在ったのであろう。ただ、その名が確認できないという事は、趙誘の父祖は一部將に過ぎなかったと思われる。

 他の族員が確認できないことを鑑みれば、趙誘の家系は「兵家」とされる下級武官の家系ではないにせよ、門地を有した「豪族」と呼ばれる様な家系とは言い難いのではないか。

 同卷に立傳されている張光(江夏鍾武人)は「家世有部曲」とあり、代々「部曲」(兵士)を有していたと云うが、「關西大族」である秦州刺史皇甫重の軽侮を受けている。「部曲」は平時には、主に「客」として私附して農事などに從事する立場であるので、部曲を有するという事は、一定の土地・勢力を有している筈である。

 それでも、張光は「大族」からは侮りを受ける立場であり、趙誘の場合も似たような境遇であったのではないだろうか。從って、趙誘は寒素・寒門と呼ばれる程ではなくとも、豪族・大族とされるような勢族の出ではないと推定される。


 一方で、趙誘は「州辟主簿」によって官途を始めている。州主簿は品秩が不明で、趙誘が如何なる資(郷品)によってその地位に就いたのか不明である。後代の梁の官品では十八班に改定され、州主簿は揚南徐州・皇弟皇子荊江雍郢南兗五州が二班に、皇弟皇子湘荊河司益廣青衡七州・嗣王庶姓荊江雍郢南兗五州が一班に見える。梁の官品(梁班)では二班に見える祕書郎・著作佐郎(著作郎)は晉官品では六品に当たる。(以上、官品は『通典』に拠る。以後、注記無しは同様)

 また、十八班の下には『通典』で「位不登二品者」とされる「流外七班」があり、その七班に皇弟皇子北徐北兗梁交南梁五州・嗣王庶姓湘荊河司益廣青衡七州の、六班に皇弟皇子越桂寧霍四州・嗣王庶姓北徐北兗梁交南梁五州の主簿が見える。この「流外七班」は、凡そ七品以下に相当すると見られる。從って、趙誘は六品或いは七品で起家したと見做せる。


『晉書』中から、同様に「州辟主簿」とある人物を検索すれば以下の人物が得られる。


 唐彬(魯國鄒人):初爲郡門下掾、轉主簿。……還遷功曹、舉孝廉、州辟主簿、累遷別駕。

 熊遠(豫章南昌人/「祖翹、嘗爲石崇蒼頭」):州辟主簿・別駕、舉秀才、除監軍華軼司馬・領武昌太守・寧遠護軍。

 顧眾(吳郡吳人):州辟主簿、舉秀才、除餘杭・秣陵令、並不行。

 江灌(陳留圉人):州辟主簿、舉秀才、爲治中、轉別駕、歷司徒屬・北中郎長史、領晉陵太守。

 王珉(琅邪臨沂人):辟州主簿、舉秀才、不行。後歷著作・散騎郎・國子博士・黃門侍郎・侍中、代王獻之爲長兼中書令。


 この他、州主簿に就任した事が確認出来る人物は以下の如くである。


 祖逖(范陽遒人):年二十四、陽平辟察孝廉、司隸再辟舉秀才、皆不行。與司空劉琨俱爲司州主簿、……

 桓彝(譙國龍亢人/「彝少孤貧、雖簞瓢、處之晏如。」):起家州主簿。赴齊王冏義、拜騎都尉。

 王獻之(琅邪臨沂人):起家州主簿・祕書郎、轉丞、以選尚新安公主。

 魏詠之(任城人/「家世貧素、而躬耕爲事、好學不倦。」):初爲州主簿、嘗見桓玄。

 易雄(長沙瀏陽人):仕郡、爲主簿。……舉孝廉、爲州主簿、遷別駕。自以門寒、不宜久處上綱、謝職還家。後爲舂陵令。

 羅含(桂陽耒陽人/「含幼孤、爲叔母朱氏所養。」):後爲郡功曹、刺史庾亮以爲部江夏從事。……尋轉州主簿。後桓溫臨州、又補征西參軍。


 以上から見ると、祖父が「蒼頭」であったという熊遠や、「家世貧素」であった魏詠之、「門寒」であると云う易雄などもいるものの、詳細は省略するが、顧眾・江灌・祖逖・王珉・王獻之などは一定の門地を有する家系と言える。

 顧眾・江灌・王珉・桓彝・王獻之・魏詠之には州主簿以前の地位が見えず、趙誘と同様であるかに見える。門地を有する顧・江・王氏と同様という点では趙氏も一定の門地を有しているかとも思われるが、西晉末から東晉初にかけての桓彝以外は東晉の事例であり、比較対象として相応しいか、やや疑問もある。


 これ以上の検討は行わないが、趙誘・趙胤の屬する淮南趙氏は豪族とまでは言えなくとも、少なくとも、在地に於いては一定の勢力を有した家系と見ておきたい。

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悍將―趙胤と東晉の創基 灰人 @Hainto

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