1章 秀才少女 編 01

 土日明けの6/4朝。1-Aの教室は珍しくざわついていた。というより、今までに無いくらいの喧騒だった。


 今この教室にいるのは、「二段構えの入試」を無事突破した生徒たちだ。入学後2ヶ月の鬱屈した精神を解き放って、とにかく話したい欲求が溢れ出ているのだろう。2ヶ月遅れで開始した高校生活を取り戻すがごとく、皆喋りにしゃべっている。喋ることを目的に喋っている。

 そういう意味では、こいつらはごく普通の15歳ないしは16歳の高校生なのだ。


俺の体感は、2ヶ月遅れでなく半年遅れだが……。


 ただこれで、次の達成度試験までは身分が保証されるわけだ。

 この高校では、己の進退がかかった達成度試験は年に2回ある。5月と12月だ。なお、12月の回は、年度によっては、曜日の都合からクリスマスイブやクリスマスにバッティングすることもある鬼畜仕様だ。高校側の作為を感じる。

 この2回の試験により、1年間におよそ3割の生徒が学校を去ることになる。1-Aはもともと30人のクラスであり、5月の試験により3人が退学となったので、単純計算では、12月のテストであと5、6人居なくなる。このあたりは学年の出来による。


 担任の桑島が教室に入ってきた。1時限目はホームルームだ。話していた生徒たちは、すぐに自席に着いた。

 教室内をチェックしてみると、俺の列の最後尾の席と、廊下側の列の前から2番目と3番目の席が空席だった。顔も名前も覚えていなかったので、誰かは分からないが、実際に生徒がいなくなっている様子を目の当たりにするのはインパクトがある。まるで、合わなかった塾を退塾するような簡単さで、退学となった。退塾と退学で重みは全く異なるが。


「よーし、ホームルームを始めるぞ。まずは諸君、達成度試験突破おめでとう。これでお前たちには、約7ヶ月間の猶予が与えられた。この期間には、退学処置を伴うようなイベントは一切無いと約束しよう。もちろん、問題行動を起こせば別だがな。はっはっは」


 桑島がそう言った瞬間に、廊下側の席の最前列から、鼻をすするような音が聞こえてきた。女子生徒が泣いているようだ。退学してしまった生徒と親しかったのだろうか。


「三好、ここで泣いていたら身体がいくつあっても保たないぞ。村上と森部は残念だったが、それがこの高校のルールだからな。それに、確か2人とも都内住みだから会おうと思えば会えるじゃないか。

 おい、結城と冷泉、前に詰めて座れ。わざわざ後ろの席にいる必要はない」


 結城、冷泉と呼ばれた女子生徒と男子生徒が席を立ち、荷物を持って前の席に移った。

 桑島が言ったように、確かに7ヶ月間は猶予が与えられるが、逆に言うと7ヶ月後には、またこのように親しい者が欠けるかもしれない機会があると思うと、友人づくりも億劫になりそうだ。

 会える、というのは原理的には、ということであって、実際はリカバリー手段もない中、退学した者と残留した者がおいそれと会えるわけがない。


「さて、これからの話をしよう。まず勉学の面についてだ。5月の試験では、高校教育課程の基礎力が身についているかの内容をテストした。よって、ここにいるメンバーは、程度の差こそあれ、その力は身についていると言えるだろう。

 次の12月の試験では、応用力を問う。まあ、順当だな。ただし、今度のテストは記述式だ。しっかりと解答を作成する能力があるかがキーになるぞ。難易度は、難関私立、国立大学レベルを想定している。退学の基準は7割に下がるが、今度は科目が増える。1科目でも7割を下回るとダメだ」


「質問いいでしょうか?何の科目が増えるのですか?」


例によって、瀬川が質問した。


「生物と日本史だ。さっきも言ったが、基礎ではなく難易度は高め、もちろん範囲はすべてだ。例年この2科目で引っかかるやつが多い。なので、生物と日本史に関しては、お前たちがこの2ヶ月の間に他の科目で経験したような授業が初めに実施される。あとは、既出の科目も含めて、全て応用力の養成となる」


「分かりました。ありがとうございます」


「応用力の養成と言っても、実際に何をやるかは学科により異なる。それぞれの学科担当のグループに任されているからな。

 それと、勘違いするやつがいるから言っておくが、試験はあくまで難関大学レベルというだけで、難関大学の過去問で埋め尽くされた試験というわけではない。その意味を十分に考えて、今日からの授業に臨むように」



「さて、勉強のことばかり言っていても飽きるだろう。次の話題に移ろう。

 実は今日のホームルームのメインテーマはこっちだ。何度かアナウンスしたように、6月からは1年生にも部活動が解禁される」


 やった、と後ろで倉本ひかりが小さく声をあげた。彼女は、この高校のオーケストラに憧れがあるのだ。


「もう実感したと思うが、この高校は容赦なく人が減る。よって、人が足りずに活動を休止している部活もある。一定の人数が必要なスポーツ系の部活に多いな。例えば、俺が生徒のとき所属していたラグビー部は、今は残念ながら休部中だ」


 やはり桑島はラグビーをやっていたのか。ぴったりすぎる。


「ただし、この高校では廃部という概念がない。部活動ひとつひとつは顧問の教員に紐づけられていて、今は部員0人でも人が集まれば、いつでも活動を再開できる。予算の心配等は必要ない。

 ちなみに俺はラグビー部の顧問だ。誰かやりたいやつはいないか?いいぞーラグビーは」


 桑島は見回したが、特に誰も反応しない。少なくともこのクラスには、桑島のような体型の奴はいない。

 桑島は続けた。


「文化系の部活は、明確な人数基準がないことが多い上に、足りない分を他の高校生で補っていることがある。吹奏楽とかオーケストラとかはそうなっているはずだ。カレッジではないが、まあ、インカレというやつだな。

 ただ注意しておきたいのは、他の高校生と関わるのは、良いことばかりではない。お前たちは普通の高校生とは言い難いからな。そのあたり気をつけるように」


 他の高校生の緩く自由な生活っぷりを見て、心が折れるやつはいそうだな、と思った。


「というのが、ざっくりとした部活動の説明だ。今から黒板に、現在活動中の部活一覧を記載して、それぞれについて簡単に説明する」


 桑島は、野球部、サッカー部、バスケットボール部……と書いていった。瀬川が入るだろう陸上部もある。陸上はリレーなどを除き、基本個人競技なので、休部になりづらいのかもしれない。

 文化系の部活は、吹奏楽部、合唱部、オーケストラ部、コンピュータ部……と、ラインナップが続く。

 そして、桑島は一番最後に、「生徒会」と書いた。生徒会??


 その後、桑島はそれぞれの部活について、所属人数、これまでの成績、著名な出身者など、主要な説明を加えていった。

 しかし俺は生徒会のところが気になっていた。この高校では、生徒会も部活なのか?事前情報では、そのあたり特に何も無かったが。


「最後に生徒会だ。聞くがお前たち、この高校でこの生徒会腕章を付けたやつをみたことがあるか?」


 桑島は、厳めしい文字で「生徒会」と書かれた腕章を取り出してひらひらさせた。そういえば、入学式のときには目にしなかったかもしれない。


「ここでお前たちに質問しよう。この学校の生徒会の役職は、会長、副会長、会計、書記だ。今このタイミングで、他の1年のクラスでも同様に部活動の説明がされているが、生徒会について説明されているのは、4クラスのうち、1-A、1-B、1-Dだ。これらのことから推察されることは何だ?」


 まさか……と俺は思った。


 そのとき、先ほど席を移動した冷泉が回答した。聞くからに真面目そうな声だ。


「前の生徒会メンバーは、昨年12月の試験で全員退学となってしまった。それゆえ、入学式時点では生徒会は存在しなかった。新しい生徒会メンバーを、先日のテストの成績優秀者から4名選出する。そのメンバーが1-C以外に在籍している、ということでしょうか?」


「ほとんど正解だ。やるな、冷泉」


 やはりそういうことか。冷泉は特に反応はしない。


「俺が与えた情報だけだと、それがあり得る解答の一つだ。ただ実際は少し異なっていて、今回の試験の2年の成績優秀者上位4名が、成績順でそれぞれ会長、副会長、会計、書記となる。1年の4名は、それぞれの補佐を1年務める。

 今までは普通の高校のように、立候補によって選出されていたのだがな。昨年、生徒会メンバーが一挙に退学となってしまったせいで、運営に不便なところが生じてしまったのだ。そのため、より退学しにくいと考えられる、試験の成績優秀者から選ぶ方針となった。

 そして、なんとこのクラスから会長補佐と会計補佐が出たぞ」


 おー、とクラス中がどよめく。

 俺は嫌な予感がした。俺は、5月の試験を都合2度受けている。適当に埋めたところもあったため、満点は無いだろうが、成績はかなり良いはずだ。


「では早速発表するぞ。出席番号1番、朝霞結衣乃、お前は先日のテストで700点満点中700点だったため、会長補佐に任命された」


 おいおい、出来るやつだとは踏んでいたが、まさか満点とは。基礎項目が多いとはいえ、決して簡単な試験ではなかった。

 クラス中が反応に困ってしんとしている。満点を取ってしまうとこんな反応になるのか。


「そして、出席番号11番、神楽啓介、お前は690点だったため、会計補佐に任命された。第3位ということだ」


「えっ!神楽くんすごいじゃん!平均98.57点くらいだよ?そんなに出来たんだ……。一緒に勉強してた身としてはちょっとショックだな……」


 後ろから小突かれた。倉本ひかりは暗算が早い。暗算そんなに出来たのか……。


「お前、能ある鷹をサイレント実行しやがったな、許さん!」


 瀬川は文句を言いながらもニヤけている。


「2人ともよくやったな。今後、朝霞と神楽には生徒会の補佐として活動してもらう。今日の放課後、2年との顔合わせがあるぞ。勘違いするなよ、この任命は決定事項だ。部活動には入ってもらっても構わんが、こちらを優先するように」


 あまりに急展開すぎて色々言いたいことはあるが、考えてみると成績優秀者とのパイプができるのは、そう悪くない。業務内容によるが、受けてもペイするかもしれない。

 桑島の言いっぷりだと、そもそも拒否権はなさそうだが。この点、一応確認しておこう。


「他の人に譲る選択肢はありますか?」


「ない」


「無理やりサボったらどうなるんですか?先ほどの先生のお話だと、試験以外に退学処置を伴うものはないんですよね?」


「ああ、サボっても退学にはならないぞ」


「じゃあ……」


「そのかわり留年になる」


俺は絶句した。


「お前は退学にこそならないが、卒業が少なくとも1年遅れることになる。この高校の試験の性質上、試験によって留年者は発生しないが、たまに病欠などで、国の定める単位を取得できない者がいる。そういった者は、留年する。まあ、数年に1人いるかいないかだ」


「でもいつか卒業はできるんですよね?」


「そのとおりだ。ただしOB会には入れない。OB会に入れるのはストレート卒業者だけだ。片手落ちだろう?」


 なるほど。実質的な拒否権はないようだ。


「それにお前の場合、留年すると妹と一緒に授業を受けることになるかもしれないぞ?」


「どういうことですか?」


「なんだ神楽、家族なのに知らないのか?試験翌日、6/1だな。お前たちは休みだったがな。お前の妹から直接、本校の最新資料の問い合わせがあったぞ。話を聞くと第一志望とのことだ」


なに……。恐るべきは母親の勘だ。もしかして本当に2人で暮らさなければならなくなるのか?

俺がそれまでに退学しなければ、だが。


「分かりました。やります」


「おう、よろしくな。朝霞もよろしく。ちなみに、来年の正規の役職は、補佐の者がそのまま持ち上がる予定だ。くれぐれも退学しないように」


 朝霞結衣乃は、特に反応しなかった。ただ、流石に携帯はいじっていない。


「それともう一点、副会長補佐は1-Dの栄川実乃理、書記補佐は1-Bの佐竹良太だ。顔合わせまでの適当なタイミングで挨拶でもしておけ。

 本日のホームルームは以上だ。部活の所属希望調査は、この後すぐ、ネットのマイページに配信されるからな。期限は今週中だ。各自忘れないように」

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