1章 達成度考査 編 12

 それから2回ほど勉強会が開催されたものの、陽にアプローチする手段を封じられた俺は、あまり意味のある情報を収集出来ていなかった。

 倉本は、勉強会のみならず学校でも、警戒するような、はたまたどこか期待するような態度を俺に対して取るようになり、会話は上滑り気味の表面的なものに終始するようになっていった。

 瀬川はそれに気づいているのか鈍感なのか分からないが、特に触れることはなく俺たちに付き合っていた。今や奴は俺と倉本の間で、緩衝地帯のような、触媒のような役目を果たしていた。



 その後、俺にとっては3度目のGWに突入した。 GWは学校もないし、勉強会も休みにしてある。倉本と瀬川は、ここで集中的にスパートをかけるつもりなのだろう。

 俺は少し焦り始めていた。

 よく考えると、GWが明けるともうあまり時間がない。周りが試験に向けて意識を高めていく中、空気を読めていない悠長な会話を振ることは憚られるだろう。かと言って、GWにまで勉強会を開きたいと申し出るのは、差し出がまし過ぎる。

 出来ればGWまでに新たな手掛かりに見当をつけておきたかったのだが、残念ながらそれは叶わなかった。完全にデッドロック状態だ。

 俺はベッドの上で悶々と転がった。どうしてもここから倉本との距離を詰める方法が分からない。距離を詰めて動向を把握しないことには、何がトリガーになっているかも分からない。今この瞬間にも、倉本の状況に変化が起こっているかもしれない。

 GW明けに試験モードに入る前に、どんな形であれ関係を発展させておくべきだったか。自然な流れを追求するのは甘えだったと、今さらになって実感する。


 しかし、ベッドの上を転がっているうちに、俺はふと別の可能性に気づいた。

 今まで「自分の手の届く」範囲の人間を、クラス内で交流があるという理由から倉本と瀬川に限定していたが、もっと身近な存在があった。家族だ。物理的な距離こそ遠いものの、心理的な距離は近い。

 戻される日付が入学式当日であるところに違和感があるものの、家族の誰かの行動がトリガーになっている可能性は、検討すべきだろう。ちょうどGWということもあるので、早速帰省して様子を見よう。

 俺は携帯から航空会社のサイトにアクセスし、飛行機の空き状況をチェックした。

 しかし、時すでに遅し。羽田空港発、新千歳空港行きは満席でキャンセル待ちの状態だった。仕方がないので新幹線で行くことを考えたが、ドアtoドアで5時間超かけて行かなければならないことを想像すると、気が滅入った。そもそも、家族は、倉本と瀬川よりかは確度が落ちるのだから、直接行く必要はないかもしれない。

 俺は次善策として、親へ電話を掛けて変わったことがないか訊ねることにした。



 俺は実家の固定電話に電話をかけた。俺の親は携帯を持っているものの、基本的にかけても出ない。持っている意味がないようなものだ。

 固定電話も30秒ほどコールしてようやく繋がった。


「はい」


 母親が話口に出た。


「もしもし、俺だけど」


「あんた、詐欺じゃないだろうね?」


「違うよ。神楽啓介16歳、私立幕張学園高校の一年生だよ。信じたか?」


「誕生日は?」


「4/2」


「うん、本人本人。それでどうしたの、あんたGWは試験勉強で帰って来ないんでしょ?受からなかったら退学しなきゃいけないやつ。部屋そのままにしてあるからね〜」


「ああ、帰らない。というか、不吉なことを言うなよな。それでも親かよ。なあ……おかしなことを聞くが、最近周りで変わったことないか?」


「なに、突然。こわいこわい。変わったことって言ってもねえ……そうそう、彩音がやたらと勉強してるわよ。そりゃもうすんごい勢いで。口が裂けてもそんなこと言わないけど、あんたが居なくなって寂しがってるからねえ。

 彩音、今年受験でしょう。あんたと同じ高校受けるって言い出すんじゃないかってお父さんと言ってたのさ」


「単純な疑問だけど、彩音って頭いいのか?」


「あんた、そんな傍若無人な発言は気をつけたほうがいいよお。足下掬われるよお。今のところ彩音の成績は中の上。まあでも、あの子ならやっちゃいそうだねえ。私に似て猪突猛進タイプだからね」


「もし彩音が来ることになったら、面倒なことになりそうだな……」


 俺は彩音が何を考えて生きているのか、いまいち分かっていない。あまり会話も発生しないので、分かりようもない。

 年子なので、小さい頃はよく一緒に遊んだが、これもよくある話、小学校高学年くらいからは、趣味嗜好性別の違いからただ同じ家に住んでいるだけの兄妹となっていった。


「あんた、一人暮らししてるからって女の子連れ込んだりしてないでしょうね?そうか、そういう意味では、彩音を送り込むのは良い案だわ」


「俺と彩音を2人暮らしさせるつもりか?勘弁してくれよ」


「お互いに監視しあえていいじゃないの。どうせ大学も東京なんでしょう?母さんとしてはそれが一番都合いいわ」


「まあ、彩音が何考えてるのか分からないのに、こんな話しても仕様がないだろう。そもそも、うちの高校だと入試突破するだけだと後が続かないぞ」


「いやいや、母さんの勘は当たるのよ。今までの人生全部勘で乗り切ってきたんだから。たぶんあの子は、あんたの高校を受けようと考えてるはず。あんたも退学しないよう頑張んなさいよ。母さんの勘では、今回のあんたの試験はね……」


「ちょっと待った。俺は少なくとも今回の試験では退学しない」


 俺は母親の発言を制した。


 予言めいたものを信じるわけではないが、今の俺が特殊な状況にある以上、不必要に乱されたくはなかった。


「どうだか……あんたは自信家だけど昔から詰めが甘いからねえ。

 そうそう、変わったことって言ったら、あんたのところこそ変なこと起きてないかい?」


「どうしてそんなこと聞くんだ?」


「あんたの家テレビはないかもしれないけど、携帯あるんだからニュースくらい読みなさいよ。東京で連続通り魔事件が発生してるでしょ。幸い今のところ犠牲者は出てないようだけど。あんたは千葉だからちょっと離れてるけどさ」


「へぇーそうなのか……俺も気をつけないとな」


 少し嫌な予感がした。通り魔もわざわざこのタイミングで行動を起こさなくても良いだろうのに。しかも、このタイミングで存在を認識させないで欲しかった。

 事故の次は通り魔か、と思い気が重くなった。普通なら、夜に一人で出歩かないようにするだとか、日中でも人通りの多いところを選ぶだとか、そういうことを考えるだけなのだが、1度目の不運な偶然の重なりを考えると、何をしても遭遇しそうな気がしたのだ。


「そうだよ。命あっての物種。あんたもお母さんくらいの歳になったら分かるよ。色んなこと言う人がいるけどね、健康で不自由無く生活できるのが一番幸せなんだよ」


 俺は今絶賛不自由の極みの中にいるが……とは言えなかった。


「まあでも、テレビで同じ会社の人ばっかり被害に遭ってるって言ってたよ。その会社の社員の人と家族だってさ。だから母さんもそこまでは心配してない。何て会社だったか、なんだっけな。そうそう、明星バイオ製薬だ。花粉症の薬の」



 母親の発言を聞き、俺は背筋が凍るのを感じた。

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