1章 達成度考査 編 11

 夕食を摂っていると、ぺこん、とチャットの通知音がした。倉本からだ。


ひかり:「ママの了解もらったよ〜◎」


神楽:「さっき聞きそびれたが、倉本の家ってどこなんだ?」


ひかり:「住所は船橋市東船橋……」


瀬川:「OK」


ひかり:「今週金曜から早速始めるかな?◎」


瀬川:「そうだな。せっかくやると決めたんだから、俺はとことんやるぜ」

 瀬川はやる気に溢れている。


ひかり:「じゃあ金曜の16時にうちで勉強会ってことね◎」


神楽:「了解」



 俺は再び作戦を練ることにした。


 俺は今、自分の手の届く範囲にブラックアウトの原因があるという前提で動いている。そして、ブラックアウトの時間が固定されていることから、誰かの強い意図、つまり単純な物だけではなく人間が関与していると仮定している。それならば、「手の届く範囲」に一番あてはまる人物が、この2人となるだろう。なぜなら、俺はこの高校に入学してからほぼこの2人としか接触していないからだ。

 正確には、朝霞も1度目から俺の認識下にはある。しかし、朝霞との関係は構築していないに等しく(実際、この3度目の世界ではまだ一度も話していない)、「自分の手の届く」範囲とは言えないと考える。

 確かに、朝霞に対して、無理矢理にでも何かしらの影響を及ぼすことは可能だが、それを言うと、倉本と瀬川以外のクラスメート全てがほぼ同等の重みづけであるこの状況では、選択肢が莫大となってしまう。 

 対策を立てる優先順位の観点からも、朝霞についてはひとまず除外して考えるのが自然だろう。

 さて、問題は倉本と瀬川だ。いずれかがループ突破のためのキーになっているとすれば、一体どちらなのだろうか?

 何となく、これまでの発言内容や雰囲気を考えると、倉本のほうがあり得そうな気がするが、確証はもちろんない。

 しかし思い返してみると、瀬川は親が競馬で当てた金で高級ヘッドホンを新しく購入したり、そもそも住んでいる場所が変わっていたりと、ループごとのゆらぎの影響を大きく受けていることが分かるが、倉本に関しては、少なくとも俺の見える範囲では、1度目と3度目で変更されている点がない。

 不変を保っている。

 まるでスカラーのような存在だ。

 これは、倉本ひかりが突破のための何らかの鍵を握っていると考えるのに十分な事実かもしれない。

 トリガーそのものは、ループごとに変化していないと思いたい。毎回毎回異なるトリガーだったならば、それこそお手上げだ。


 もう少し考えてみよう。このループの期間において、特徴的なイベントとして挙げられるのはやはり達成度考査の存在だ。これは絡んでいるのだろうか?

 倉本ひかりが関係すると仮定すると、あまり考えたくはないが、彼女を落とすとクリアということなのだろうか?

 もしそうならば、明日からの俺の行動は倉本の妨害に尽きることとなる。

 1度目はよく分からないが、2度目のとき、彼女は合格していた。実は1度目も合格していて、彼女を落とさなければ先に進めないのかもしれない。ただし、その意味は不明だ。そもそもトリガーに意味があるのかも不明だが。

 しかし、よく考えてみるとこの線も薄い。なぜなら、達成度考査の合否が関係するならば、合格不合格が決まってしまう試験終了時点や、もしくは遅くとも結果発表のタイミングでブラックアウトが発生して然るべきだろう。ブラックアウトが起こった時刻は、結果発表の時刻とはわずかだがずれている。しかも、いずれも25分程度だ。これは注目に値する。

 つまり、試験の出来不出来には関係がなく、倉本の周りで起こる何らかの事象が俺のブラックアウトに影響している、という考えを優先的に採用することに不自然さは無いだろう。


 ここまで考えると、ここからの俺の行動指針が見えてくる。瀬川洋平ではなく倉本ひかりの身辺調査だ。



 4/13金曜日、俺は倉本と瀬川と共に、東船橋にある倉本家に向かった。勉強会の初回だ。

 途中、コンビニでお菓子など色々食べるものを買った。

 正直言って、今回は試験についてはほとんど心配していない。それは勉強時間の問題ではなく、俺が実際に一度試験を受けているからだ。ゆらぎがあるとはいえ、教師が試験の内容を丸っ切り変えるとは考えにくい。問題作成者が問いたい内容というのは、ある程度絞られるものだ。油断は禁物だが、今回そこにウェイトは置かないつもりだ。


 駅から数分歩き、倉本家に到着した。


「やたらでかい家だな」


 瀬川がぼそっと呟いた。初めて見た感想としては正しい。


「いらっしゃ〜い」


 玄関で出迎えたのは倉本母だ。


「ただいま〜。さ、二人とも上がって上がって」


 倉本はラックからさっと3組のスリッパを出し、そのうちの2組を俺と瀬川の前に揃えて置いた。


「おじゃましまーす」


 瀬川が間の抜けた声で挨拶した。


 玄関の窪みには1度目の訪問時と同じく、壺と、鏡のように壺の側面が描かれた特殊な絵が飾られている。

 俺たちは倉本の部屋に向かった。

 倉本の部屋は、典型的な女子部屋という感じは変わらず。うさぎのぬいぐるみ、ピンクが基調の家具、ふわふわしたカーペット。壁にはバイオリンを持って笑っている写真。配置まで同じではないだろうか。

 昨日のうちに片付けてあったのかもしれないが、やはり倉本については、変更されている点が無いように見える。



 俺たちは小一時間勉強した。互いに理解不足の点を指摘し合い、基礎力を上げていく作業だ。

 俺は勉強が好きだ。特に今はこうして勉強していると、自分が置かれている特異な状況を忘れることができる。倉本と瀬川は、自らの弱点の発見に痛みを伴うかもしれないが、俺はもはや3度目であり、既に弱点は把握出来ている。

 ただ一方で、こうして教科書的に学んでいる内容は、俺が現在進行形で体験している事象の説明には何の役にも立たないことを、どうしても実感してしまう。それゆえ虚しさが襲ってくる。

 俺が今乗り越えようとしているのは、答えが設計されている問題ではなく、答えがあるかどうかさえ怪しい問題なのだと。



 2時間ほど経ち、集中力が切れてきた頃合いを見計らって、俺は休憩を提案した。

 倉本は下の階から新しいドリンクとお菓子を運んできた。

 俺は単刀直入に倉本ひかりに訪ねた。


「なあ、倉本、最近お前の周りで変わったことはないか?」


「え、何その会って数日の人には聞かないような質問は〜?」


 倉本はちろりとこっちを見ながら答えた。そんなことを言うならば、会って数日の男性を部屋に上げるのもどうかと思うが。

 瀬川はバリバリとスナック菓子の包装を開けている。


「まあいいじゃん。教えろよ」


「何を知りたいのか分からないけど、当たり前に、入学して環境は変わったよね。別に変って意味じゃあないけど」


「そうか……そりゃそうだな」


 倉本ひかりの話の展開のさせ方は、基本的に俺の波長には合わない。別にこれは悪いことではないが、こちらが期待する答えを知った上で、少しずらした発言をしているような気がする。


「おい神楽、俺には聞いてくれないのか?」


「あー、じゃあ瀬川の周りには何かあるか?」


「何だそのやる気のなさはー。まあいいや。最近親父が仕事の愚痴ばっかり言っててよ。うるさいのなんの。聞いてみたら、何でも市場の動向が読みにくいらしい」


「あ、わたしもう一つ思い当たることあった。最近変なこと」


「え?何だ?」


「神楽くんが、やたらとわたしにアプローチしてくること」


 このタイミングでこの発言を突っ込んでくるところが、読めないのだ。2度目のときのビンタだってそうだ。基本ノーモーションなのだ。


「おいおい……変な意味は無いぞ?」


「えーこれが普通だと思ってるのなら、神楽くん自身が変ってことなのかな??」


「……ひとまずそういうことにしておいてくれ」


「ふーん……」


 倉本は例の不思議そうな、しかし裏を見透かすような目をしている。


「やー、お二人さん、俺の前で付き合う直前の男女の駆け引きみたいなのやめてくれよな。倉本がギブするのは愛情じゃなくて友情のはずだろう?」


 瀬川が茶化した。


「だからそんなんじゃねーよ!」



 倉本ひかりにダイレクトに近づくのは難しいかもしれない。彼女は、俺からすると宇宙人的だが、確かに言う通り、客観的に見ても俺の態度は不自然だ。意図があって近づいているので、意図そのものを感じ取られるのは当然だとしても、容易に別の意図に変換出来てしまう行動を取っている。

 そしてそれは、思春期の高校生にとってはかなり普遍的な意図だ。

 どんな天才でも、まさかループ脱出の手がかり捜索のためにアプローチされているという発想にはならないし、もしなったとしたらそれは天才でなく狂人だろう。

 ラテラルシンキングの範疇を軽く超越している。

 いっそのこと、このまま倉本の想像通りの方向に事を運ぶことも選択肢としては有るが、それはそれで関係性が上手くいくとは限らない。今は瀬川もいるので勉強会を開催できているけれども、例えば瀬川が遠慮して抜けてしまったら、今度は倉本が俺を避ける可能性もある。


 俺はため息を吐いた。とりあえずは自然な流れで徐々に探りを入れていくしか無いだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る