1章 達成度考査 編 03

 その後、学校生活は着々と進み、5月半ばに突入した。

 初めこそ相当数の人数が授業に出席していたものの、GWが明けてからはごっそり減り、今やちゃんと来ているのはおよそ半分程度となっていた。

 欠席している人の全てが学校の授業に見切りをつけたというわけではなく、各々が独自の勉強メソッドを持っていて、本番に向けて調子を整えるために手段として欠席を選択している、というのが多数派だろう。試験日も近いので、そういう選択をする人が増えてもおかしくはない。

 もちろん、不安に飲み込まれてしまい、不可抗力的に引きこもりがちになっている人もいるかもしれないが。


 倉本と瀬川は、数学はサボりがちであるものの、そのほかの科目に関しては概ね皆勤だった。

 ちなみに俺はすべての授業に皆勤だ。病欠もない。

 俺たちは結局、欠席した授業の情報をやり取りするのみ(つまり俺が一方的に情報を与えるのみ)で、特に勉強会を開くことはなかった。無償で情報を提供することに抵抗がないわけではなかったが、倉本と瀬川の小テストの成績を見る限り、仲良くしておいて損はないと判断した。

 他のクラスメートはちらほら勉強会を開いているグループもあったようだが、この短い期間で他人との差をまざまざと認識して一喜一憂するよりかは、自分のペースを確立するほうにリソースを割いたほうが良いと考え直したため、参加しなかったし企画もしなかった。おそらく倉本も瀬川も同じような考えだったから、自然と勉強会の話にはならなかったのだろう。



 そして、試験日2日前の5/29になった。


 夜の勉強を終えた22時ごろ、俺と倉本と瀬川のグループチャットの通知がぺこんと鳴った。発信者は倉本だ。


ひかり:「やっほーい⭐︎突然だけど、試験も目前だし、もし良かったら明日の放課後3人で全科目の点検会をしないかい?場所はうちでOK◎」


 ここに来て勉強会の提案をしてくるあたり、少し俺の波長とずれている。しかし、俺は計画通りに仕上がってきていたので、もう提案に乗っても問題はないと判断した。


神楽:「俺は良いが、倉本の家ってどこなんだ?それと、突然俺と瀬川が押しかけたら親が驚くんじゃないか?」


ひかり:「わたしの家は船橋だよっ(そこそこ近い)

むしろわたしの家のほうが親は安心だろーし、そもそも試験前っていうのは分かってるから大丈夫◎」


神楽:「ふーん。瀬川はどうだ?」


瀬川:「俺もいいぞ。身体もなまってるし、家から走っていくことにする。詳しい住所を教えてくれ」


ひかり:「りょーかい!住所はね、船橋市東船橋……」


瀬川:「菓子折りとか、特に何も持ってかなくていいよな?」


ひかり:「気遣い無用です!◎」


神楽:「というか瀬川、家から行くって明日は全欠のつもりかよ」


瀬川:「流石に前日は色々頭切り替えるのに使うわ。入試と同じじゃん?」


ひかり:「じゃあ明日、16時にうちに集合ね〜◎」



 試験前日の5/30、出席人数はさらに減って、全部で10人となっていた。

 昨日は特に何も言っていなかったが、倉本も欠席だった。瀬川と同じく、前日は頭の切り替えに充てるタイプなのだろう。今日催す全科目の点検会も、彼女なりの切り替えの一環なのかもしれない。


 今日も初日と同様に、試験に関する全ての科目の授業がある日で、終わり際にはどの教師も口々にベストを尽くせとコメントを残していった。

 主要科目担当の教師は全てこの高校の出身者であり、この入学早々にある試験の重要性や緊張感を理解しているため、下手な励ましや茶化しは全くなく、知識の伝達以外は全く波風を立たないよう振る舞っているように見えた。

 自然と、教師と生徒間の会話は授業内容に関する質問事項に限られ、余計な話は発生しない、ある意味で非常に健全で純度の高い関係となっていた。


 ホームルームとなり、桑島が教室に入ってきた。桑島は担当科目で言うと化学とのことだが、今回の期間は授業を担当していない。


「10人か。俺が想定していたより減ったな。お前たちはよく耐えたな。

 すでにそう考えている者もいるかもしれないが、この試験は、学内の試験というよりかは入試に近い。私は、本校が提供する授業は全て高い付加価値があると信じているし、お前たちも十分にそれを感じたとは思うが、踏みとどまるのには勇気が必要だったと思う」


 改めて周りを見ると、女子6人、男子4人という構成だった。この2ヶ月は試験対策に集中していたため、名前までは分からない。どの顔も初めて見るような気がする。


 窓際の一番前の席に座っている、かなり制服を着崩した(というより改造しすぎだ)、銀髪混じり両耳ピアスのいかにもチャラそうな女子が目に留まった。

 うちの制服は紺のブレザーに白の縁取り、金ボタンのはずなのに、何故か赤いラインが入っていたり、フェルトっぽい巨大なボタンがついていたりと、もはや同じ制服とは思えないものになっている。スカートはそもそも柄が違う。

 率直に言って、ああいうタイプが最後まで授業に出席しているのも意外だし、そもそもこの高校にいるのも意外だったが、ここにいるということは相応の実力はあるのだろう。

 もしくは高校入試に全振りして、授業でその後の帳尻合わせを考えているのか。だとしたら、流石に無謀と言うほかない。

 桑島の話にはあまり興味はないようで、ずっと携帯をいじっている。


 桑島はスピーチを続けた。


「当然ながら、授業に出席したからといって、下駄を履かせるとか、そういった特典はない。ただ、ここに残っていることは誇っても良いことだぞ。それを自信にして、明日は蹴散らして来い。以上だ」


 銀髪ピアスの女子はボストンバッグを片手で担ぎ、携帯から目を離さず、全くもってつまらなさそうな顔をしながら教室を出て行った。

 試験前日にしてこの泰然とした態度を見ると、何となくだが、あいつはパスするだろうな、と直観した。


 俺は携帯で電車の時間を検索し、マップアプリでもう一度倉本の家の位置を確認した。

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