未完成な騎士達の戦闘記録

疾風のナイト

第1章

 西方の大陸の一角に位置するグランド王国。遥か昔、この地は邪な者達によって支配されていたが、勇気ある人間達の手で解放されたという歴史を持つ。

 グラント王国の首都から離れた地域に1つの砦が建っている。規模こそ大きくはないものの、良質な石材で精密に組み上げられているため、非常に堅牢な造りとなっている。

 まさしく質実剛健を絵に描いた砦の前には今、1人の若い男が立っていた。スラリとした長身、全身を包む軍用の制服、見るからに彼は騎士の身分であろうか。


「ここが俺の配属先か……」


 巨大な砦を見据えながらポツリと呟いている若い男。しばしの間、様子を窺っていると建物の出入り口から誰かが出てくる。

 若い男を出迎えるように砦の中から現れた者、それは彼と同じ軍の制服に身を包んだ老齢の男であった。口元に蓄えられた髭、精悍な顔立ち、穏やかな瞳に潜む鋭い眼光、相当な戦歴を重ねてきたことが窺える。


「お初お目にかかる。君が騎士団本部からの……」

「はっ!本日付でこちらに配属になったバーガー・ランドーです」


 バーガーと名乗った青年は軍服に身を包んだ老齢の男に敬礼する。その様はまさしく折り目正しい騎士そのものである。


「私はレオ・フリーマン、ここの砦の司令官をしている」

「よろしくお願いします」

「これから寝食を共にするんだ。そう固くならんでもよい」

「はい。ありがとうございます」


 レオと名乗った老齢の男の心遣いに感謝の言葉を述べた後、少しだけ言葉遣いを和らげるバーガー。ただ、相手とは出会って間もないこともあり、彼の振る舞いの固さは依然として残っている。


「さて、立ち話も何だし中に入ろう。ついてきてくれ」

「分かりました」


 簡単に告げた後、先行して砦の出入り口へと向かっていくレオ。バーガーも彼にする形でそちらの方へと足を向けるのであった。


 いよいよ砦の中に足を踏み入れたバーガー。レオに案内される形で通路内を進んでいき、ある場所に到着する。そこは広々とした空間となっており、武器や鎧等が折り目正しく配列されている。恐らく、ここは武器庫と言ったところだろうか。

 砦内の武器庫に辿り着いたバーガー。そこには先のレオ、さらに2人の男と1人の若い女が待っていた。

 最初の1人目の男であるが、整った顔立ちに銀髪といった風体の優男であった。一見、軟派にも見えそうであるが、確かな風格を漂わせている。

 続く2人目の男であるが、短くまとめられた髪と浅黒い肌が印象的な大男である。見るからに職人気質といった雰囲気を醸し出している。

 さらに若い女についてであるが、白い肌とポニーテール状にした金色の髪が印象的であった。明るい雰囲気がいかにも年頃の娘とった感じである。


「今日から我々の部隊に所属になったバーガー・ランドー君だ。皆、よろしく頼む」

「バーガー・ランドーです。皆さん、よろしくお願いします」


 レオによる紹介の後、着任の挨拶を行うバーガー。彼の挨拶を皮切りとして、武器庫に集まった者達との自己紹介兼挨拶が始まる。


「俺の名前はスミスだ。よろしくな!」


 自らをスミスと名乗った優男。気さくな雰囲気で話す彼の姿には、バーガーも好感を持つことができた。


「トール・シンプソンだ。よろしく頼む」


 寡黙な性分なのか、手短に挨拶を済ませる浅黒の大男。しかし、言葉とは裏腹にトールからは実直な雰囲気を感じることができた。


「私、エミリ・ヴァレンタイン!よろしくね!」


 にこやかな笑みと共に挨拶をする金髪の若い女。先程のスミスと同様、気さくな雰囲気で人懐っこい性格のようだ。


「(皆、感じが良いな……)」


 挨拶を交わした3人に素直な好感を抱いているバーガー。目の前の彼等とであれば、多分、上手くやっていけそうな気がする。


「(後は俺がどう振る舞うかだな)」


 内心でそんなことを思うバーガー。それと同時に彼の脳裏では、ある記憶が思い起こされる。それはとても苦い記憶であり、自身を苛むものであった。


「さて、バーガー。早速、この砦の中を案内したい。いいかね?」

「はい」


 レオからの要望にすぐさま返事をするバーガー。そして、2人はスミス達に見送られながら武器庫を後にするのであった。



 レオの案内によって砦の各所を案内されたバーガー。会議室、指令室、食堂等、それぞれの位置と用途についての説明を受ける。施設についての説明が終わった後、2人は最初の武器庫に戻っていた。

 再度、上官から案内された武器庫。トールとエミリが装備の点検作業に従事している中、バーガーとレオの2人は台座に架けられた2組の鎧を眺めていた。


「これが我々の部隊で運用している装備だ」


 装備を眺め続けているバーガーにレオが横から語りかける。台座に架けられた2組の鎧のうち、1組は鋭角的なデザインが特徴的であり、もう1組は白色で弓兵の防具のような鎧であった。いずれにしても、従来の防具とは趣が異なっている。


「そして、君が装備することになるシルエットメイルだ」

「シルエットメイル……ですか……」


 レオから説明を受けている中、鋭角的なデザインが特徴的な鎧をまじまじと見ているバーガー。これから先、彼の相棒とも呼べる代物なのだ。

 シルエットメイルと呼ばれた鎧。鋭角的な意匠が印象的であり、かなり前衛的なデザインをしている。装備に関しては護手の付属した洋刀、八方に煌めく星を模した盾という実にオーソドックスなものである。

 しかし、どうしてであろうか。これらの装備には何か秘密が隠されている気がしてならない。バーガーは直感的にそう思わずにはいられなかった。


「向こうの方は?」

「スナイプメイルだ。こちらはスミスが担当している」


 もう1組の白色の鎧に関してレオから教えてもらうバーガー。同僚のスミスが装着者をして運用しているとのことである。確かに装備の各部をよくよく見れば、使い込んだ形跡が見られる。


「私達が整備しているんだから丁寧に扱ってよ」

「……」

「はい。分かりました」


 整備の手を止めて呼びかけてくるエミリ、一方のトールは無言のままこちらの方を見ている。そんな彼等にバーガーは堅苦しい口調で返事をする。


「はははははっ!手厳しいな。だが、しっかり頼むぞ」

「了解しました」


 気持ちよく笑い声を上げながら言葉をかけてくるレオ。一方、バーガーも誠実な姿勢で受け答えをするのであった



昼休み時、砦の食堂で昼食を食べているバーガー。今日の食事は肉と野菜を挟んだパンとスープである。特に前者はサンドイッチと呼ばれており、軍内では勿論のこと民間でも幅広く伝わっている料理だ。

 今、バーガーは1人で食事を摂っていた。彼の近くの席では。エミリとトールが向かい合わせで食事をしている。

 本来であれば、バーガーもまた、エミリとトールの中に入って一緒に食事をすることもできた。しかし、彼はあえて距離を置くことを選択していた。


「やあ」


 不意に知った声がバーガーの耳に届く。反射的に彼が視線を向けると、そこには食事の載ったトレイを抱えているスミスの姿があった。


「一緒の席で良いか?」

「構わないですよ」


 スミスの申し出を受け入れるバーガー。確かに人との距離を置いているが、だからといって、明確に他者を拒絶するようなことはしなかった。


「どうだ?生活には慣れたか」

「ええ、お陰様でやっていけそうです」


 にこやかな表情で問いかけてくるスミスに対して、穏やかな表情で答えてみせるバーガー。それがきっかけで彼等の会話も進む。


「なあ、バーガー」

「何でしょうか?スミスさん」

「その堅苦しい喋り方はやめにしないか?ついでにそのスミスさんというのもさ」

「で、ですが……」


 スミスからの指摘に対して口籠ってしまうバーガー。彼の所属している騎士団では上下関係が厳しく、それに合わせて言動等も注意しなければならない。


「同じ釜の飯を食う仲間だろ。それにお前さんとは今後、一緒に組んで行動することになる。早いうちに打ち解けておきたいんだ」

「それはそうですね」

「そこは“それはそうだ”だろ。とりあえず、礼儀正しいのは結構だけど、これから先、俺やエミリには不要なものだ」

「了解!」

「うん、それでいい」


 敬語で話すことを辞めたバーガーの話し方に対して、にこやかな表情で受け入れているスミス。その後、2人は昼食での雑談を通じて、親睦をさらに深めていくのであった。



 砦内の指令室。書類を保管しておく棚、執務用の机と椅子等だけが配置された実に質素な造りとなっている。

 この指令室内に現在、砦の司令官として椅子に腰をかけているレオ、その前方に立っているバーガーの姿があった。


「どうだね、調子は?」

「はい、皆さんのおかげでやっていけそうです」


 レオの質問からの質問を簡潔に答えるバーガー。2人は今、着任後の様子について面談を行っていた。とは言うものの、今は軽い雑談の程度である。

 着任から数日、気さくなスミスとの交流を起点として、バーガーはエミリやトールとも関係を築き始めていた。まだ親しく話をするまでには至らないが、挨拶や軽く話をするぐらいはしている。


「そう言えば、君はかの特務隊に所属していたな」

「っ!」


 思い出したように話を切り出すレオ。一方、言葉を聞いた途端、無言ではあるものの、確かに反応を示すバーガー。


「そして、特務隊で何があったのか、その後の顛末も含めて知っている……」

「……」


 レオから語られる言葉を前に沈黙しているバーガー。まるで触れられたくないものに触れられてしまったかのような表情だ。


「しかし、過去のことは過去のことだ。大事なのは今、それにこれからどうしていくかだ。少なくとも、我々はお前を仲間だと思っている」


 ところが、次の瞬間、思いがけない言葉を口にするレオ。反射的にバーガーが顔を向けると、そこにはにっと笑っている上官の姿があった。

 そう、レオにとって過去の出来事よりも現在のこと、そしてまた、未来の方が遥かに重要なのである。


「レオ指令……」


 そう言ったまま言葉が続かないでいるバーガー。温かみのあるレオの振る舞いに彼は感極まっていた。


「これから忙しくなる。しっかり頼むぞ!」

「はいっ!」


 レオからの呼びかけに強い口調で返事をしてみせるバーガー。仲間だと認めてくれる人達がいる。こんなにも喜ばしいことはない。そうであれば、こちらも全力を尽くそう。彼は心の中で固く誓うのであった。

 今回の面談をもって正式に迎え入れられたバーガー。これから先、彼の戦いが始まろうとしていた。

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