あとがき
松田習
あとがき
これは「あとがき」である。しかし今更私の書いた小説について語ることなど一切無い。従ってこの文章があとがきとしての機能を果たさない内容になることは明らかだ。ならばいっそのこと小説とはまるで関係の無い話題に切り替えてみてはどうか、そう私は考えた。だがしかしそう言いつつもこの場を借りて一般相対性理論を展開し果ては万有引力の現象を説明する気など更々無い。そんなもの私よりアインシュタインから聞いた方が良かろう。もっと気楽に頭を使わずに己の内に完結するものを書こう。そこで自分語りである。私がこの世で誰よりも詳しいことは私自身についてである。故にこれならさほど時間をかけることなく文字数を稼ぐことは容易であろう。語り、と言ってもそんなに大層なものではなく自己紹介の延長と認識して頂いて構わない。どうか一五〇〇文字程私の愚痴に耳を傾けてはくれまいか。
二〇二四年九月十日現在、私は大きな問題を抱えていた。それは一言で表せるものではなくいくつかの問題の集合体である。順を追って話そう。私は横浜市内に位置する私立中高一貫男子校の高校二年生である。美術部及び物理班に所属し、成績は下の下(理系一〇五人中一〇三位)、およそ特筆すべき点の無い平凡な学生である。しかし私には夢がある。それはプロの漫画家として成功することに他ならない。いわゆる漫画家志望、漫画家の卵、次世代の漫画家などなどそれらに分類される人間なのだ。現時点の実力の問題から高校在学中にデビューすることは難しく、自分の目標としては今から十年以内すなわち私が二七歳になるまでにデビューすることが望ましい。ではそれまでの生活に何が必要か。まず衣食住は必須である。更に画材を買うための金も必要である。つまりはこれらをどの様にして得るかが問題なのだ。高校を卒業出来ると仮定してその後私には二つの道がある。一つ目は大学に通いながら実家で暮らす。二つ目は両親からの支援を一切受けずに家を出る。それぞれの選択について説明しよう。まず大学に入学する場合である。この場合両親が学費を出すことを許諾する数少ない大学の中から受験校を選び合格する必要がある。私立大学であればMARCH以上のランクを持つ学校すなわち明治、青山、立教、中央、法政、早稲田、慶応、上智である。国公立大学にしても同程度以上の偏差値である必要があり更には家から通うことが出来るのが条件だ。当たり前だがこれらの大学に合格することは世間的にも困難なことであり私のような崖っぷちの成績をキープする者たちにはかなり厳しい条件と言えよう。というか漫画家になるためにそこまで立派な大学に行く必要があるのかと聞かれれば甚だ懐疑的である。言っておくが私は受験勉強などしたくない。定期試験の準備すらままならないのに大学受験など無理難題に等しい。出来るだけ頭を使わない道はないか。そこで二つ目である。「家を出る」と言えば聞こえは良いが私の場合それは「追い出される」に近しい。両親の認可の下りた大学に入学しない、出来ない場合私は実家から追放される。これは両親から言い渡されたことであり今後一切揺らぐ可能性の無い将来的決定事項である。ではその後私はどうなるのか。まず住む場所を得ようにも両親は連帯保証人になるつもりが無いため基本的に賃貸物件を契約することが出来ない。保証会社を利用するにしろ収入の無い私は支払い能力を認められず審査に通ることは無いだろう。それゆえ住み込みで働ける仕事を早急に探す必要があるが、住所を得るために住所が必要になるという負のスパイラルに陥りかねない。つまり家を出たが最後私はホームレスになる。十八歳無職ホームレス漫画家志望。一旦はこの肩書に落ち着くことになろう。諸賢はそれを絶望的に思うか。しかしすでにどん底だがどん底であるが故にそこからの伸び代は果てしなく、十年間で生活を立て直しプロの漫画家としてデビューすることはあながち不可能とは言えない。むしろ一度自らの選択で路頭に迷ってみるのも清々しくて良い。だがここで大きな問題が生じる。衣食住の獲得に比べれば大した問題では無いと言われようが私にとっては大問題である。私は漫画が好きだ。自室の本棚はすでに決壊し大量の蔵書が所狭しと積み上げられているが、私が路上生活を始めるにあたってこれらの宝を手放さなければならないのだ。無論状況的にそれどころではないのは重々承知である。しかしながらこれまで収集した漫画にはどれも思い出が詰まっておりそれらはまさしく他の何にも替えられぬ掌中の珠なのだ。言ってしまえばこの宝こそが私にとって最大の足かせとなっている訳である。勉強をして大学に入れば四年間のモラトリアムを得ることができる。しかしそれは同時に問題を先延ばしにしているだけだと捉えることも可能だ。かと言って逆に勉強をせず大学に行かなかったとして、それはそれで遠回りになるのかもしれない。どちらにせよ今年中に進路を決め両親に報告するという約束がある以上結論を急ぐ必要がある。
以上客観的事実及び主観的考査を交え私の抱える問題について書いたが大方の状況は理解して頂けただろうか。しかしそもそもなぜ私はこうも愁苦辛勤な選択を強いられているのか。一体どこで道を誤ったのか。天井に向かって嘆くが返事はない。しかし今日は自らの現状を把握するという偉大なる快挙を成し遂げたからして勉強は明日からでいい。全ては明日の自分に託されたのだ。
あとがき 松田習 @lixi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
私の生活/牧野三河
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
忘夜bouya/祭sai
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 2話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます