第3話 これは私のっ! 仲直り切っ掛けのホットケーキ
(バタン、と荒々しく冷蔵庫を閉める)
(『私は不機嫌だから!』と明らかに分かる足音)
「……何? 別に私は怒ってなんかいないんだけど」
「『俺が全部悪かった!』って、意味分かんない。変なの~」
(わざとらしいちづの冷笑。普段の雰囲気ではない)
(棚を開け、ボウルを取り出して置く)
(電子レンジのスタート音)
「だ~か~らぁ~……」
「私は怒ってないし。不機嫌でもないし」
「単に――バターと蜂蜜をたっぷりとかけた、ホットケーキが無性に食べたくなったから、焼こうとしているだけだからっ!」
「……当たり前だけど、貴方の分はないけどっ!」
(ソファー方向をギロリ。その手にはホットケーキミックスの袋)
(袋を鋏で破る音)
「あ、ようやく気づいた?」
「そう……これはこの前、貴方と行った北海道展で買った、お高いホットケーキミックスだよ! 珍しい国産小麦製で、値段もお高いやつ!!」
「……貴方に作ってあげよう、と思っていたけど」
(卵をボウルへ荒々しく割り入れる)
(電子レンジの停止音)
「浮気をする人には、作ってあげないっ!」
「――『先輩に嵌められたんだ! キャバクラだなんて、知らなかった』?」
「うん、私だってもう子供じゃないし、分かっているよ? 大人同士の付き合い、っていうやつなんだよね。先輩相手に断り辛かったんだよね??」
「だ・け・ど」
(卵を泡だて器で混ぜる激しい音。ちょっと怖い)
(音が停止。声に圧)
「それを『仕事があって』と分かり易い嘘を吐いたのは、貴方の意思だと思うよ?」
「……私、彼女なのに……」
(電子レンジを開け、閉める。やはり荒々しい)
(ボウルへ牛乳と、溶かしバターを入れる音)
「……ようやく、やっと、彼女になれたのに……」
「私は貴方に秘密なんてないのにっ!」
(卵液・牛乳・溶かしバターをしっかりと混ぜる音)
(ホットケーキミックスを入れる音)
「そんな貴方にはホットケーキ、食べさせてあげないっ! 私が、美味しそうに食べる姿を目の前で見せてあげるっ!!」
(泡だて器でさっくりと混ぜる。激しくなく、回数も想像以上に少ない)
(コンロのスイッチを入れ、フライパンを置く金属音)
(苦笑し、ソファーから立ち上がる)
「……何?」
「い、言っておくけど、この怒りはそんじょそこらのものじゃないからねっ!」
「絶対、絶対、ぜ~ったい!」
「貴方には食べさせてあげないっ!!」
(フライパンを火から外し、濡れ布巾に当てる。ジュー、という特徴的な音)
(その隣で、棚からボウルを二つ取り出し、次いで冷凍庫から氷。ガラガラと放り込み、水を注ぎ入れる音)
「……いきなりなにをはじめるつもりよぉ」
(隣から不審げな声。先程よりは幾分和らいでいる)
(フライパンへ混ぜ合わせたホットケーキミックスを注ぎ入れる、ジュッ、という音)
(ちづの警戒する声)
「だ、騙されないんだからねっ! わ、私だって、何でもかんでもすぐ許しちゃうわけじゃないんだからっ!!」
(冷蔵庫を開け閉めする音)
(氷水を入れたボウルの上に、二つ目のボウルを重ね、生クリームと砂糖)
「! ま、まさか、それは……」
(動揺するちづ)
(生クリームをハンドミキサーで掻き混ぜる独特な音)
「ひ、卑怯よっ! とっておきのホットケーキに生クリーム!?」
「そ、そんなの……そんなのっ!! 美味しいに決まっているじゃないっ!!!」
「――……へっ? 『俺は食べないから、これはちづ用』??」
「グヌヌ……ほんとうに、卑怯なんだからぁ」
「もうっ!」
(ホッケーキを引っ繰り返し、フライパンへ叩きつける、パン、という音)
(ハンドミキサーが停止する)
(恨めし気なちづの声。ジト目)
「……そんなことしたら、私が意地悪で、嫉妬深い子になっちゃうでしょ~」
「あと、その生クリーム、一人じゃ食べきれないし」
「だから」
(肩と肩が当たる)
(指で生クリームをすくい、味見をするちづ)
「一緒に食べよう?」
「……別に全部許したわけじゃないから」
「ホットケーキを食べながら、詰問します! そのつもりでいるよーに」
「あ、お皿取って~」
(片手をちづに拘束されたまま、皿を手渡す)
(甘え混じりの声)
「ありがと☆」
「そろそろ、良いかな~」
(フライ返しでホットケーキを皿へ取る、ポス、という音)
(ちづが、バターをナイフで塗る)
「半分は蜂蜜で、半分は生クリームで~♪」
「さ、熱々な内に食べよう?」
(作り始めた時とは違う明るい声と浮き浮きとした足音)
(二人して椅子に腰かける)
(ナイフで切り分ける金属音)
「いただきまーす♪」
「~~~~~♪♪♪」
「すっごく美味しいねぇ」
「やっぱり……貴方の愛情が注がれているから~?」
(満面の笑み。口元に生クリームがついている)
(手を伸ばし、ちづの唇から指で拭う)
「!!!!!」
「あ、ありがと……」
「う~…………」
「ね、ねぇ。怒りがなくなっちゃったんだけどぉ」
(頬を膨らまして不満気なちづ)
(ホットケーキを頬張る)
「――ご、誤解しないでよねっ! 私は別にチョロくなんかないし。熱々な物はアツアツな内に食べたからだけだし」
「へっ?」
「『もう二度と、そういうお店には行かない。ちづを悲しませたくないから』?」
「…………う~う~う~」
「こ、こういう時だけ、大人ぶるんだから。…………バカ。ありがと」
(ポカポカ、と左腕をちづに叩かれる。嬉しさと悔しさは入り混じった声)
(立ち上がり、キッチンへ向かう足音)
「……珈琲、飲む? 今なら、淹れてあげるけど」
「りょーかい。何時ものブラックだね~」
(コーヒーメーカーのスイッチ音。次いで、コンロに薬缶をかける)
(やや早口な、ちづの宣言)
「確かに貴方はもう社会人で、私はまだ大学生だよ?」
「――でも」
「今はもう、私は貴方の彼女なの! 貴方も私に不満や、直してほしいところがあったら、言って? お願い」
「――ふぇ? 『何もないよ。ちづは今のままで世界で一番可愛い』??」
「~~~~~~っ!!!!!!!!!!!」
(その場でジタバタ)
(駆け寄って来て、ちづが胸に飛び込んでくて、上目遣い)
「――……この、ひきょうものぉ」
「そんなこと言われたら、何も言えないよぉ」
(無言で口を開けたので、ホットケーキを食べさせると、満面の笑み)
「えへへ~♪ とっても、甘くて美味しいね☆」
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