第2話 トマトパスタって美味しいよね! ……でも。はっ! こ、これは罠!?

(トントントンと規則正しい包丁の音。玉ねぎとニンニク、ソーセージを刻んでいる)

(隣から、弾んだ声で話しかけてくる)


「それにしても……毎年のことだけど、貴方の田舎からの野菜、凄い量だったね~。当分は野菜買わずに済みそう」

「――うん! 貰っていくね。ありがとう」


(包丁が止まる)

(蛇口から鍋に水が注がれ、たっぷりと溜められていく)

(少し、からかい混じりに)


「それにしても、貴方が『お昼は、ちづの作るトマトパスタが食べたいな』だなんて~。フッフッフッ……私が3歳以来『大好き!』って囁き続け、高校生になってから料理し続けてきた成果が遂にということだね~☆」


(鍋に塩を入れ、コンロへかける)

(同時にフライパンを取り出し、オリーブオイルを入れる)


「もう作り始めちゃって良いよね?」

「りょーかい。ぱぱっと作っちゃうから、貴方はくつろいでいていいよ。折角のお休みなんだし」

「あ! ねーねー。今のやり取り、新婚さんみたいじゃなかった? みたいだったよね??」

「――はぁ!? 『何時も通りのやり取り』?」

「もうっ! そこは少しくらい、話に乗ってくれてもいいでしょ~!?」


(フライパンにニンニクを入れると、パチパチと水分の飛ぶ音)

(少しずつその音が収まっていく)


「……まったくもう! そんな風に女の子の言葉を否定する男の人は今時モテないんだからね~」

「――え?」

「『ちづがいるから、別に気にしない』??」

「へ、へぇ~。ふ、ふぅ~ん。そ、そうなんだぁ……。えへぇ♪」


(口笛を吹きながら、フライパンへ玉ねぎとソーセージを入れると、ジュッ、という音)

(続いて、白ワインを入れると、ボッ! と炎が一瞬だけあがる。その後は木べらを軽やかに動かす)


「まぁ、そういうことなら、いいけどさ~♪」


(冷蔵庫を開けて、トマトペーストの入っている瓶を取り出す)

(パタン、と締め、瓶の中身をフライパンへ)

(ジュワジュワジュワ、という、水分と油の反応する音)


「う~ん……いい匂い。これだけで、美味しいもんね!」

「ニンニク・玉ねぎ・トマト、そこに加えてソーセージ」

「もうこの時点で勝ちかも~!」


(浮き浮きした様子で、今度は鍋に塩を入れる)

(次いで、パスタの袋を鋏で開ける)


「たくさん食べられるよね~?」

「――りょーかい☆ ふふふ~♪」


(鼻唄を歌いながら、準備を進めていくが、そこで声色が変化)


「……あれ?」

「でも、お昼にニンニクをたくさん使ったパスタなんて食べたら――……」

「し、しまったっ! こ、これは罠、罠でしょう!?」

「せ、折角、午後は買い物に付き合わせようと思っていたのにぃぃぃ~!」


(荒々しく、木べらでフライパンのソースを掻き混ぜる)

(凄く拗ねた口調で詰る)


「……いじわるー。ひきょうものー。幼気なわたしをだますなんて、さいてー」

「はぁ、もうトマトパスタ、作るの止めちゃおうかな」

「――え? 『午後は天候崩れるし、一緒に映画でも観よう?』」

「そ、そういうことなら、まぁ……」

「あ! ホ、ホラーは駄目だからねっ!! 夜、眠れなくなっちゃうからっ!!!」

「…………ね、ねぇ、その笑顔が怖いんだけどぉ」


(唇を尖らせながらも、お湯の沸いた鍋へパスタを入れると、パララ、と広がった。タイマーを押す電子音)

(隣のパスタソースはグツグツと煮えている) 

(鍋を菜箸で掻き混ぜ、少し声が近くなる。棚を開けて、お皿を置く音)


「言っとくけど、ホラーだったら、怒るからね? 今度のデート、貴方が苦手な絶叫系に連れていくくらいには」

「――『卑怯』? 『俺の泣き顔を見て、何が面白いんだ』??」


(ちょっと蠱惑気な、クスクスという笑い声)


「だって、貴方は知っているでしょう?」

「私は貴方のことが、大大、大好きなの!」

「好きな人のどんな顔も脳裏に焼き付けたい、と思うのはそんなに変?」


(鍋が沸騰し、ボコボコと吹き零れる。ジュー、というコンロの炎が半分消える音)

(声色が戻る)


「あ、いっけな~い」


(パタパタ、とコンロへ近づく足音)

(火を弱めると同時に、フライパンへ煮汁を二杯入れる)


「ねーねー。味見して~」

「多分、この時点で美味しいと思う!」

「――どうかな?」

「ふふふ~♪ そうでしょう~☆」

「ま、貴方の田舎のお野菜が美味しいから、なんだけどね」


(ご機嫌な鼻唄)

(トングを持ち、カチカチ、と音を立てる)


「さぁ、ここからはスピード勝負だよ~」

「八重洲ちず、いざ参る!」


(タイマーの電子音が鳴り響く)

(即座にパスタをフライパンへ移動させる。一瞬だけ、水と油が反応するもすぐに消える)

(手早く掻き混ぜ終え、一本を試食)


「うん! 完璧~♪」

「お皿取って~。――ありがと☆」


(手早く、取り分けるとコンロのスイッチを切る)

(冷蔵庫を開け、粉チーズを取り出し、振りかける)

(お皿を掲げ、嬉しそうに宣言)


「お手軽、だけど、とっても美味しい、トマトパスタ完成~♪」

「ねーねー。『隠し味は?』って、聞いて??」

「――それはズ・バ・リ!」


(お皿を置く音)

(背伸びして、耳元で囁く)


「(世界で一番大好きな人への愛情、です☆)」


(少し離れて、上目遣い)


「どうどう? ドキドキした? 嬉しかった???」

「――え? 『白ワインを飲みたくなった。でも、未成年は水で我慢しろ』」

「む~!」

「素直じゃない男の子なんて、今時もう流行らないんだよ~?」

「『ドキドキした。襲いたくなるくらいに』って、言う度胸を、そろそろ身に着けてほしいんだけどなぁ。なぁ~」

「――……はっ! ま、まさか、私にニンニクを刻ませたのは、こ、ここまでの展開を見切って!?」


(愕然とし、フラフラと近づいてくる)

(ムスッとしつつも、頭をぽんぽん、とされ、作ってくれた御礼を言われると上機嫌に)


「こ、こんなことくらいで、う、埋め合わせ出来た、なんて思わないでよね~♪ べ、別に褒められて嬉しいわけじゃ、ないんだからぁ~♪」

「――うん、熱々な内に食べないとだね!」


(お皿を持ち、並んでテーブルへ向かう足音)

(隣からはずっと、鼻唄が聞こえてくる)

(椅子を引く音)


「いただきまーす♪」

「――!」


(目を見開き、感動する)


「凄く美味しい……。毎年言ってる気がするけど」

「これからも、ずっとずっと、同じ台詞を言い続けたいなぁ。貴方の隣で、ね」

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