【ASMR】熱々な物はアツアツの内に

七野りく

第1話 勝利の前祝! 今晩はトンカツだ~♪

(規則正しい、包丁でキャベツを刻む音)

(包丁が止まり、ボウルへ氷と水、千切りキャベツを入れる音)


「これで良し! やっぱり、豚カツにはシャキシャキなキャベツがないとだよ~♪」

(ちらり、と自分と貴方が並んだ写真立て付時計へ視線)

「ん~そろそろ、帰って来るかなぁ? ――フフフ~♪」


(とても上機嫌な鼻唄。最近、長年の念願叶って年上幼馴染な貴方と彼氏彼女の関係になり、浮かれ気味)

(冷水を零し、ボウルを置く)

(冷蔵庫を開け、色々な物を取り出していると、玄関が開き、閉まる音)


「!」


(弾む足取りで玄関へ向かい、音が遠ざかっていく)

(やや遠いがとても嬉しそうで、甘え混じりの声)


『おかえり~。お仕事お疲れ様』

『ごはんにする? お風呂にする?? そ・れ・と・も――』

『も~! そこは、私って、言ってよぉ。空気が読めないなぁ』


(少しして、若い男女二人の足音がキッチンへ戻って来る)


「――うん! ついさっきまで、キャベツを切ってたの。ポテサラも作った! ご飯も炊けているし、お味噌汁は貴方の大好きなしじみだよ。後はトンカツを揚げれば全部完了~☆」


(少しだけ距離を離れ、胸を張って)


「さ、『ちづは本当に凄いなぁ。結婚しよう!』って言ってもいいよ? 私は貴方と3歳で出会ってから、この16年間ずっとそれを夢見てきたんだから」

「……え? 『大学卒業まではダメ?』」


(近づき、彼の胸をポカポカ)


「う~ケチケチケチ! そんな貴方には豚カツを揚げてあげないっ!!」


(足音が遠ざかり、ソファーへ飛び込む)

(クッションを抱え、やや恨めし気な声)


「……ほらぁ。愛しい年下彼女に言うことはぁ?」

「! ふ、ふぅ~ん。そ、そんなに、私が夕飯を用意してたの、嬉しいんだぁ。ふ、ふぅ~~~ん。べ、別にこれくらいなら、毎日来てあげててもいいけどね! ――えへへ♪ とぉ!」


(裸足のまま、床に降りる)

(そのまま彼に抱き着く)


「分かればよろしい! さ、着替えてきて? ワイシャツにエプロンは捨て難いけど……汚しちゃったらまずいから」


(彼が着替えに行く間、ずっと上機嫌な鼻唄)

(棚を開け、茶碗やお皿を取り出す)

(フライパンにサラダ油を注いでいると、着替え終えた貴方が帰って来る)


「あ、おかえり~。――うん、今日洗濯したの! あ、掃除もしたよ~。ねぇ、偉い? 偉い?? ……え? 『講義はどうしたのかって?』」

(サラダ油の蓋を閉め、目を逸らす) 

「キ、キュウコウ、ダッタンダヨー? チヅル、ウソツカナイ」

「そ、そんなあからさまに溜め息を吐かなくたって……」

「明日は大事なプレゼンだって、貴方が言ってたから落ち着かなかったのっ!」

「だから、今日は午後を自主休校にして、貴方の家へ来てお掃除して、洗濯機を回して、駅前のお肉屋さんへ行って――」


(ちゃんと筋切りがしてある分厚い豚肉を指差す)


「奮発して豚カツ用のちょっと良いお肉を買ってきました。何か問題が?」

「――素直でよろしい! 料理上手で可愛いくて、気配りも出来る幼馴染兼彼女を持った自分の幸運に咽び泣くように!!」

「さて、と」


(彼にヒロインが近づく)


「さ、揚げて~♪」

「フッフッフッ……確かに私は揚げ物だろうと、圧力鍋だろうと恐れない女子大生」

「だ・け・ど」


(ちょっとはにかみ、上目遣いで)


「揚げ物をしている男の人って……とっても良いと思うの」

「ち、ちょっと、引かないでよぉ! ほ、ほら、全部準備してあるから!! ね? お願い!」

「――やったぁ♪ 大好き☆」

「じゃあ、私はぱぱっとソース作るね~」


(袋を開け、すり鉢に胡麻を入れる)

(ゴリゴリと摺る音と、次いでコンロにスイッチを入れる音)

(すり鉢へ中農ソース、ウスターソース、ケチャップ、砂糖を入れていく)


「動画で見たんだけど、こうするとプロっぽくなるんだって~。楽しみだね」


(隣から豚肉をバッター液へ潜らせ、パン粉を着ける音)

(パン粉をほんの少しフライパンへ落とすと、やや弱いパチパチ)


「もう良さそう? 確か、気持ち低めが良いんだよね??」

「では――よろしくおねがいしまーす♪」


(豚カツがフライパンの中へ。とても心地よいパチパチ)

(タイマーのスイッチを入れる音)


「豚カツ~♪ ちょっと良いお肉の豚カツ~♪」

「さて、その間に私は他の準備をしなきゃっ!」


(軽い足取りがやや遠ざかる)

(炊飯器のスイッチを切る音と開ける音)


「おお~ツヤツヤ~♪」


(下手糞な口笛を吹きながら、お米を掻き混ぜる。その後、お皿にキャベツとポテサラをよそう)

(豚カツを引っ繰り返すと、パチパチという激しい音)


「ん~良い匂い……。私はお腹が空いてきました!」


(タイマーが鳴り、豚カツがあげられる。少しのパチパチ音)


「お~こんがり狐色だぁ♪」

 

(隣から、とても弾んで浮き浮き声)

(再び、フライパンへ少しのパン粉を落とす音)

(二枚目を入れる、パチパチ音の後、やや重々しい声)


「……取り出して一分が経ちました」

「どうぞ!」


(ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、という揚げたて豚カツを切るリズミカルな音)


「おお~!」

「ふ、ふわぁぁぁ……お、美味しそう…………」

「え? 味見?? 熱々な物は熱々な内に???」

「する~♪」

「――……『あ~ん』は?」

「嘘嘘☆ それは後でやってもらうね。それじゃ、いただきまーす♪」


(からっと揚がった豚カツを一口)

(歯切れのよい音)


「~~~~~♪」


(余りの美味しさにその場でジタバタ)

(歓喜の声)


「もう、さっいこうっに美味しいよ!」

「――うん、熱々な物は熱々な内に食べるのが正解だよね」

「あと」


(少しだけ言い淀んで、見つめる上目遣いで気配)

(豚カツが引っ繰り返され、パチパチ音)

(今日一番甘えた口調)


「世界で一番大好きな人に作ってもらったから、かなぁ♪」

「ちがうのー! 貴方が嫌がらずに、揚げてくれたのが嬉しいんだよぉ」

「――え?」

「『明日、俺のプレゼン成功の前祝で用意してくれたんだろ?? ありがとう』……って」

「――……えへぇ」


(豚カツが引き上げられ、パチパチ)

(背伸びをして、耳元で少し照れくさそうに)


「(大丈夫だよ。明日はきっと成功するから!)」


(離れる気配)

(しゃもじを持って、ウィンク)


「さ、二枚目を切ったら食べよう~。熱々な内に、ね♪」

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