第二十集:初めから

 祝言から僅か三か月後。

 中小法霊武門ほうれいぶもんの連合軍が欒山らんざんを襲撃した。

「二人は大丈夫だったの……?」

 杏花シンファの声が震える。

 慈雨源郷じうげんきょうの景色はこんなにも美しいというのに、外では恐ろしいことが始まろうとしている。

若蓉ルォロン扶光フーグゥァンの姿はなく、その代わりに、欒岩宮らんがんきゅうの門にとても古い人骨が服を着させられた状態で安置されていたそうだ」

 瑞雲ルイユンは妻の背に触れ、前をまっすぐ見ながら言った。

 第一報を聞きすぐに兵を率いて駆け付けた如昴ルーマオからの話では、「服は善行旌表ぜんこうせいひょうで見た、ニー宗主のものだった」と。

「すでに連合軍も立ち去ってはいたものの、その足跡が向かっている先はおそらく……」

 瑞雲ルイユン杏花シンファを見つめ、告げた。

若蓉ルォロン達が一時的に隠れていたという、山寺。『祥暁庵しょうぎょうあん』だ」

「助けに行かなくちゃ!」

「今、レイ氏とジン氏が探っている」

「それじゃ間に合わないよ。すぐに行ってあげないと、このままじゃ……、このままじゃ、若蓉ルォロンが壊れてしまう」

「そういうと思ったから、止めに来たよ」

 門の横に、菫鸞ジンランが立っていた。

「どうして? どうして止めるの」

 杏花シンファの瞳が光る。

「私にとってあの二人は親友を傷つける存在で、救いたと思わないからだよ」

 「でも」と、菫鸞ジンランは言葉を続けた。

「その親友が助けたいと望むならば、手を貸してもいい」

 悲しそうな笑み。

 瑞雲ルイユンも頷き、微笑んだ。

 杏花シンファ菫鸞ジンランに駆け寄り、その身体を抱きしめた。

「ありがとう。菫鸞ジンランがいれば、一万の兵に勝る」

「あら、私達もいるのだけれど」

 茜耀チィェンイャォ柔桑ロウサン莅月リーユェを連れてやってきた。

「みんな……」

 杏花シンファ菫鸞ジンランから身体を放し、新たに集まってくれた友人達を見つめた。

「今、如昴ルーマオ兄さんが連合軍に追いつこうと必死で向かっている。あの性格じゃ、間に合わないと判断して一人飛んで行ってしまうかもしれない。私達も急ごう」

 柔桑ロウサンの言葉に、全員が頷いた。

「学友組の諸君、大人には相談してくれないのかな」

 琅雲ランユン青鸞チンルゥァンと共に現れた。

杏花シンファ、落ち着いて聞いてくれ。蒼蓮ツァンリィェン兄さんから飛鳥玉簡ひちょうぎょくかんが届いた。扶桑ふそうは今、連合軍の兵に取り囲まれている、と」

 杏花シンファの瞳が光る。

「だが、心配はいらないと兄さんは書いている。むしろ、傷つけないように気を付ける、と」

 杏花シンファの顔が緩んだ。

扶桑ふそうは難攻不落。家族を信じます」

 琅雲ランユン青鸞チンルゥァン杏花シンファの表情を見て安堵した。

 そして、全員を見つめながら言う。

「四大法霊武門ほうれいぶもんの宗主が紅葉山荘こうようさんそうへ集まることになりました。あなた達は急ぎ祥暁庵しょうぎょうあんへ向かい、如昴ルーマオと合流しなさい。私達も戦況の確認後、すぐに参戦します」

 青鸞チンルゥァンの力強い瞳が全員を捉え、困ったように微笑んだ。

「あなた達を信じています。だから、私達のことも信じてください」

 学友組は二人の宗主に作揖さくゆうし、「もちろんです」と告げた。

 六人は戦闘に適した服に着替え、すぐに空へと飛び立った。

 莅月リーユェのことは柔桑ロウサンが抱える。

 杏花シンファは梅園を呼ぶと、「青梅、あなたは私達よりも早く飛べる。如昴ルーマオ兄さんの元へ急いで。絶対に守って」と命じた。

 青梅は頷き、突風を巻き起こしながら飛んで行った。

「みんな、限界ギリギリまで上昇して!」

 杏花シンファに従い、五人は雲の上まで到達した。

 杏花シンファは六枚の人形ひとがたを取り出すと、霊力を込め、呟いた。

「我が求めに応じて召されよ、神速飛翼しんそくひよく

 人形ひとがたは煌めきながら燃え、巨大なはやぶさと成った。

「全員を乗せ、欒山らんざんより南へ向かって滑空しなさい。距離が足りなくなったら水平に飛ぶの」

 隼がみんなの身体の下に入る。

「目を瞑って掴まって!」

 一斉に滑空が始まった。

 まともに息が出来ない。

 凍てつく鋭い空気が肺を刺す。

 それでも、これなら追いつける。

 救える。

 何度か平行飛行と上昇、滑空を繰り返しながら四時間。

 如昴ルーマオに追いついた。

如昴ルーマオ兄さん!」

 一斉に飛び降り、高度を調節して隊列の先頭へ。

「追いついたか。青梅には斥候に出てもらっている。まだ敵の総勢がまだわからなくてな」

「私達も一緒に……」

 杏花シンファが血を吐き出した。

「おい!」

杏花シンファ!」

 みんなが空を駆ける。

 杏花シンファ瑞雲ルイユンに支えられながらそれを手で制した。

「式神を出すのに霊力を使っただけ。すぐに回復する。今は急ごう」

 杏花シンファは自分の身体と霊仙衣れいせんい仙力せんりょくを纏わせ、口元を拭った。

 少しして青梅が戻ってきた。

「戦闘特化の者は多くありませんが、宗主や門下生も兵士に換算すると、その総勢は六十万です」

 全員が息をのんだ。

「六十万だと……? そうまでして蝶舞の簪ちょうまいのかんざしが欲しいのか。愚かにもほどがある」

 如昴ルーマオの義憤は全員同じ。

 ただ、全員どこかで感じていた。

 いったい、敵は誰なのだろう、と。

若蓉ルォロンが簪の力を使えば、大惨事になる。それこそ、どっちが制圧すべき敵なのかわからなくなるよ」

 菫鸞ジンランが自身の拳を見ながら言った。

「どんな結末になるかはわからない。でも、今出来ることをしなくちゃ、きっと後悔する」

 杏花シンファは焦燥を感じながら、飛鳥玉簡ひちょうぎょくかんを使い、敵の総勢を書いて琅雲ランユンに向けて飛ばした。

「見えたぞ。あれが連合軍の殿しんがりだ」

 如昴ルーマオを先頭に、学友組は連合軍に近付いて行く。

「大将は誰だ。話をさせろ」

 如昴ルーマオが大きな声で告げた。

 すると、殿についている兵一万が一斉に振り返った。

「良家の御子息、御息女方。……お前たちは正義の味方のつもりか?」

 矢が放たれた。

「紅梅」

 紅梅の梅花結盾ばいかけっしゅん杏花シンファ杏花結盾きょうかけっしゅんが矢を弾いて行く。

「我らを阻む者は、それが例え四大法霊武門ほうれいぶもんだとしても関係ない。目障りな敵だ」

 兵たちは各武門ぶもんの伝統武器を構え、襲い掛かってきた。

「若様、ここは私達で食い止めます。皆様と共に前線へお向かい下さい!」

 レイ氏とジン氏の兵達が武器を構えたその時、轟音が響いた。

「私達が道を作る。みんな後ろをついて来て」

 菫鸞ジンランが一万の兵を正面から撃破していく。

 その横を瑞雲ルイユンが飛び、次々と斬り伏せる。

「お前達、無理はするな!」

 如昴ルーマオが自軍の兵に声をかけ、学友組は菫鸞ジンラン瑞雲ルイユンが作った道を進んでいった。

「紅梅、柔桑ロウサンと変わって莅月リーユェをお願い。あなたなら、それでも結界を張れる」

 その後も連合軍の妨害は続いたが、白梅も含めた七人で強行突破していった。

「先頭が見え……」

 菫鸞ジンランが言葉を失った。

 全員でその横に並ぶ。

「ど、どういうこと」

 杏花シンファが動揺する。

 祥暁庵しょうぎょうあんですでに始まっていた戦いは、想像していたものとはまるで違った。

ニー氏がこんなにも多くの兵力を有しているなど、聞いたことがない」

 視線を感じ、全員がそっちを見た。

「来てくれたんだ。で、どっちの味方なの?」

 若蓉ルォロンが微笑んだ。

若蓉ルォロン兄さん……」

 その目は以前の気弱で優しい若蓉ルォロンとは全く違う。

 刹那、白い光が横切った。

「かはっ……」

 それは柔桑ロウサンの身体を貫いた。

柔桑ロウサン!」

 茜耀チィェンイャォが急いで抱き留めるも、地上は地獄絵図の戦場。

 どこにも安全な場所が無い。

「ほら、義兄上。新しい力をお披露目しなくては」

 いつ近付いてきたのか、扶光フーグゥァン柔桑ロウサンの身体から槍を引き抜いた。

「みんな、見ていてね」

 蝶舞の簪ちょうまいのかんざしが輝き、その光が若蓉ルォロンの手に移る。

「いくよ」

 光は蝶となり柔桑ロウサンの身体に止まると、体内へと入って行った。

「……う、あ」

「ろ、柔桑ロウサン……」

 柔桑ロウサンが息を吹き返し、腹に開いていたはずの風穴は綺麗に塞がっていた。

「何をしたの」

 茜耀チィェンイャォ若蓉ルォロンを睨みつけた。

「紅珊瑚の鏡を破壊した時に、その怨念と共に能力も吸い取ったんだ。ねぇ、すごい? 杏花シンファ

 若蓉ルォロンは一輪の橙色をした麝香撫子じゃこうなでしこを手に持ち、微笑んだ。

「君の夫と違って、私なら杏花シンファの愛する人達を死から守ってあげられるよ」

 杏花シンファの心が砕け、涙が頬を伝う。

 瑞雲ルイユン杏花シンファの前に立ち、剣を構えた。

杏花シンファのことを想うのなら、今すぐにその簪を破壊しろ」

 すると、扶光フーグゥァン若蓉ルォロンの隣に立ち、嗤った。

「才能豊かで品行方正。見目麗しく、家柄もいい。そんな素晴らしいリン公子若君なら、義兄上に命令しても許されると? 思い上がるなよ」

 扶光フーグゥァン嗤笑ししょうすると、人形ひとがたを取り出した。

杏花シンファ、実は私も使えるんだ」

 人形ひとがたがひらひらと戦場へ落ちていく。

捏涅成兵ノ術ねつねせいへいのじゅつ

 人形ひとがたが接した部分の土が盛り上がり、武人の姿になった。

「何百年前かな? 蓬莱から来た陰陽師に教えてもらったんだよね。これは私が応用して作った術。戦場でしか使えないんだ。血を吸った土が原料だから」

 扶光フーグゥァンは楽しそうに笑いながら、「その陰陽師は蓬莱へ帰れなかったけどね」と言った。

 土人形たちは弓を持ち、学友組に向かって放ってきた。

「気を付けろ!」

 如昴ルーマオの声が響く。

「飛んでいては的になる。仕方がない、下で戦うぞ!」

 全員で戦場へと身を投じた。

「紅梅、みんなを守りなさい。白梅と青梅は土人形を破壊してきて。一体でも多く」

 杏花シンファの瞳が光り、仙力せんりょくが渦まく。

 黒い稲妻が混じる。

 瑞雲ルイユンの後ろから前へ出る杏花シンファを、菫鸞ジンランが腕を掴んで止めようとするも、「ごめん、菫鸞ジンラン」と手をどかされてしまった。

「何がしたいの? 今狙われているのはあなたの大事な義兄上でしょう。わざと煽るようなことして、目的は何」

「すぐにわかるよ」

 扶光フーグゥァンは微笑むと、杏花シンファにだけ見えるように手を動かした。

 次の瞬間、扶光フーグゥァンの心臓を、連合軍の誰かが放った弓が貫いた。

「ふー、ぐ、あん?」

 身体が地面へ落ちていく。

扶光フーグゥァン!」

 若蓉ルォロンは降下し、扶光フーグゥァンの身体を抱きしめた。

「うあ……、うああ!」

 若蓉ルォロンの身体から白い光が立ち昇る。

 それはまるで、太陽を撃ち抜く白虹はっこうのように。

ニー 若蓉ルォロンが降りてきたぞ! 蝶舞の簪ちょうまいのかんざしを奪え!」

 戦場は苛烈さを増し、人間の欲望や妬み、嫉み、恨みなどが怨念となって蝶舞の簪ちょうまいのかんざしに吸われていく。

「全員、死ねばいい」

 若蓉ルォロンの瞳から光が失われ、身体の周りを巡る白い光が白炎はくえんへと変化した。

 それは旋風のように舞い、連合軍の兵達にまとわりついた。

 悲鳴が押し寄せる。

 白炎はりついた者の霊力を吸い、さらに蔓延していく。

若蓉ルォロン兄さん、止めて!」

 声が届かないほどの悪意が音となって戦場を覆い尽くす。

 土人形たちは主を失っても尚動き続けている。

 入り乱れる戦場において、杏花シンファ達はあまりに危険な状況だった。

菫鸞ジンラン!」

瑞雲ルイユン杏花シンファ!」

如昴ルーマオ!」

茜耀チィェンイャォ柔桑ロウサン莅月リーユェ!」

 声が聞こえた。

 名を呼ぶ、愛する人達の声。

「兄上達だ!」

 四大法霊武門ほうれいぶもんの宗主らが兵を率いり、戦場へと参上した。

杏花シンファ、行こう」

 瑞雲ルイユンの声に頷き、二人で若蓉ルォロンの元へ走った。

若蓉ルォロン兄さん!」

 名前を呼ぶ。

 連合軍と土人形達が行く手を阻み、声も手も届かない。

「戻っておいで! みんなで一緒に扶桑ふそうへ帰ろう。守ってあげるから!」

 雪が降り積もるように、灰が舞う。

 あたり一面を埋め尽くさんばかりの血を吸い、灰は重く、熱を失っていく。

「誰からも傷つけられないように、私が盾にでも、繭にでもなるから! だから……、お願い、若蓉ルォロン兄さん」

 若蓉ルォロンは虚ろな瞳でただただ戦場を見つめている。

 その腕には愛おしい義弟の遺体を抱きしめながら。

 浅はかで愚かな人間たちが、その手に栄光と権力を得るために殺し合っている、凄惨で滑稽な絵巻物でも眺めるように。

「私の声、聞こえてる……? う、あ」

 杏花シンファの背に痛みと同時に熱さがはしる。

杏花シンファ!」

 瑞雲ルイユン杏花シンファの背を斬った敵兵を斬り伏せた。

 流れ出す血液は衣に染み込み、重さを増しながら杏花シンファの意識を奪おうとしてくる。

 声が出ない。

杏花シンファ!」

 瑞雲ルイユンの身体に倒れ込む。

 助けたい、護ってあげたい、ひどい悲しみから救い出してあげたい、と、心から願う友人の名前すら血の混じる僅かな呼吸音に変わってしまう。

 それでも杏花シンファは口を動かし、友の名を呼ぶ。

「る、お」

 身体が思うように動かなくとも。

「しん、ふぁ……?」

 若蓉ルォロンは目を見開き、手を伸ばした。

しかし、倒れゆく大切な人の元へ行くことはできなかった。

 ここは戦場。

 間にはいくつもの屍と憎悪、そして狂気が立ちはだかっている。

 若蓉ルォロンの目に弱い光が戻るも、すぐに涙に変わり、その表情には絶望と怒りの炎が満たしていった。

 白い火炎が渦高く伸び、空を覆い尽くしていく。

「私を信じてくれた人が……、みんな死んでしまった……」

 若蓉ルォロンの目を闇が支配した。

 瑞雲ルイユンは、血を流しながらも懸命に呼吸を続ける妻を抱き抱えながら、若蓉ルォロンに視線を向けた。

「もうやめろ! こんなことをして、何になる!」

 瑞雲ルイユンの声が戦場の喧騒の中に響き渡る。

「君はずっと私を疑っていた。いくら杏花シンファが信じようとも」

「それなら何故、杏花シンファの助けを拒むんだ! どうして振り払うような真似をする!」

 若蓉ルォロンは弱々しく微笑むと、白炎を纏った右腕を振り上げた。

「もう、遅いんだよ」

 振り下ろされたその腕はまるで、命を刈り取る大鎌のようだった。

 波のように地面の上を白炎が滑っていく。

 しかし、それは翡翠色の風によって霧散した。

「え……?」

 杏花シンファは身体に仙力せんりょくを纏い、瑞雲ルイユンに支えてもらいながら立ち上がった。

「もう、誰も殺させない」

 何かが弾けるような音がした。

「困るんだよ。それじゃぁ」

 若蓉ルォロンが気絶し、その男の腕の中へと倒れ込んだ。

「なんで生きているの……」

「死んだふり、上手かった?」

 扶光フーグゥァンは胸から矢を引き抜くと、近くにいた連合軍の兵に突き刺した。

「まあでも、充分かな」

 義兄の身体を抱きかかえながら宙に浮く扶光フーグゥァンは、口から何かを吐き出し、右手の薬指にはめた。

「これは何でしょう」

 赤く輝く金属に、黄色の宝石がはめこまれた指輪が光った。

琰櫻えんおうの……、指輪」

「正解。じゃぁ、予想はつくよね」

 扶光フーグゥァン若蓉ルォロンの髪から簪を優しく引き抜くと、それを右手で握り、破壊した。

 蝶舞の簪ちょうまいのかんざしの怨念や能力が指輪へと吸収されていく。

「はあ、やっとこの時が来た。杏花シンファには悪いけど、封じさせてもらうよ」

 土人形が砕け、梅園が杏花シンファの右肩にある杏花きょうか紋へと戻って行った。

「式神封じまで出来るのね」

「まあね」

 扶光フーグゥァンが咳き込み、口から血が流れる。

「おっと、これは失敬。治療しないと」

 そう言うと、扶光フーグゥァンは右手を戦場へかざした。

「安心して? まだ君達には手を出さないから」

 連合軍の兵達が次々と倒れていく。

 意識を失っているのかと、琅雲ランユン青鸞チンルゥァンが脈を確かめる。

「死んでいる」

 琅雲ランユンが首を振る。

「こっちもです」

 青鸞チンルゥァン扶光フーグゥァンを見た。

「霊力を吸っていると思ったんでしょう。違うよ。琰櫻えんおうの指輪の力は、他者の命をあるじのものとすること。私はそうやって病を抑え、千年生きてきたんだ」

 扶光フーグゥァンは地上へ降り、若蓉ルォロンの身体をしっかり抱きかかえると、菫鸞ジンランを見た。

「君が一番いい」

 菫鸞ジンランは一瞬で身体の自由を奪われ、扶光フーグゥァンの隣へ引き寄せられた。

菫鸞ジンラン!」

 弟の元へ駆けだそうとする青鸞チンルゥァンを、白炎が遮る。

「全員武器を置いて。早くしないと、可愛い菫鸞ジンランが死んじゃうよ」

 菫鸞ジンランの喉元に、浮かんだ槍の穂先が触れる。

 全員が武装を解除した。

「次は私がやってあげよう」

 白い蝶が舞い、杏花シンファ瑞雲ルイユン、そして菫鸞ジンラン以外から霊力を吸いとっていった。

「息苦しいかな? でも、死にはしない。杏花シンファ瑞雲ルイユン以外、欒山らんざんまで下がれ」

 青鸞チンルゥァンが胸を押さえながら「弟を返せ」と睨みつけた。

「死にたいの?」

 扶光フーグゥァンの言葉に、琅雲ランユン青鸞チンルゥァンの腕を掴んだ。

「あなたが死ねば、菫鸞ジンランが戻ってきたときに誰が迎えるのです」

 青鸞チンルゥァンは唇を噛みながら、皆と共に下山を始めた。

「さぁ、邪魔者はいなくなった」

 扶光フーグゥァンは微笑み、言った。

「最初から決めていたんだ。この三人を人質にしようってね」

 強い風が吹き、雨が降り始めた。

 絶望が、音を立てて近づいてくる。

 楽しそうに、嗤いながら。

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