第十六集:日常
「ただいま……」
夕闇の中、
あの戦の後処理が一ヶ月をかけて大方済んだところで、
各
家名を呼ばれ、各部門の宗主が皇帝の御前へと進む。
(
ふくよかで、愛嬌のある顔立ち。
(
室内を見渡すも、その姿はなかった。
その代わり視界に入ってきたのは、皇帝を凝視する友人達。
恐らく、思い描いていた人物像とは違ったのだろう。
優雅で風流な男性を想像していたのだろうが、実際の皇帝は筋骨隆々の大男。
得意な武器は
その後、二日間の会合が行われ、三日間の宴を乗り越え、一日首都を観光し、ようやく解放。
皇帝もそれを理解しているので。残念な表情をしつつも、こちらの申し出を受け入れた。
「
「あれが真の姿だからなぁ」
「今言っておくけれど、
「嘘でしょ」
「本当。一週間後、
「それいつ決まったの」
「昨日、観光の前に」
「
「僕は何をするの?」
「
「わかった! 頑張るね」
無邪気な
初めて会った時、いきなり仲良くなろうとして、驚かせて泣かせてしまった。
その後すぐに握手して、友達になって。
一緒に本を読んだり、屋根に上って夕陽を見たり、芍薬楼へ行って怒られたこともあった。
手を繋ぎ、街中を走り回り、
名前に「雲」が入っているから、会えない間は空に浮かぶ雲を見てその時間を過ごしたこともある。
苦しくてどうしようもない時や、悔しくてたまらない時、いつも
そして、
手を繋げばどんな心の機微も感じとれる、顔を見れば何でも分かってあげられる、そんな風になれたなら、例え
だからとても嬉しかった。
出会った当初から言葉数は少なかったけれど、それでも、会うたびに必ず名前を呼んでくれた。
今もそう。
どれほど素晴らしい楽器でも、あんなに美しい音は出せない。
どれほど有名な詩人でも、
どれほど晴れ渡り青空が広がっていても、気付けば雲を探してしまう。
「あらあら、もう泣いているの? 花嫁の涙は当日までとっておきなさいな」
いつの間にか目の前にいた母に抱き起され、涙を拭った
「嬉しい。でも、目標はもっと高く持たなきゃね」
母の少女のような笑みに、心が温かくなる。
「さあ、みんな。まずはゆっくりと寝て、明日は薬舗の仕事と並行して家の中を掃除するぞ」
父の気合が入った声に、家族は腕を突き上げ「頑張るぞー!」と応えた。
「そうだ、
「……え?」
「大丈夫。
「
父は自分のことを「王爵はあるけれど、育ったのは普通の家だから」とよく言うが、それは違うのではないか、と。
薬舗の仕事をし過ぎているのが原因かもしれない。
「湯浴みしてすぐ寝なさいよ。明日はいつも通り起こすからね」
三人はそれぞれ自室へ向かうと、順番に湯浴みし、泥のように眠った。
翌朝、本当に通常通り起こされ、眠い目が半開きのまま身支度をし、朝食をふらつきながら食べ、深緑色の仕事着に着替えると、笑顔で店頭に立った。
「お、看板娘! おかえり。やっと
「みんなおかえりなさい。
「
「
「
開店直後から賑わう店内。
みんなは知らない。
国家存亡の危機に巻き込まれていたことを。
でも、何かは感じていたはず。
それなのに、いつもと変わらず過ごし、思い合い、笑っている。
怖かったことも、眠れず過ごした日も、家族を抱きしめ震えたことも、無事に解決するようにと名も知らぬ神に祈ったことも、すべて遠い過去のことのように。
「みんなが無事で本当に良かった」
「
街の人たちの温かさに、安堵する。
「
「ああ、それなら……」
「
「先生、今から泣いてどうするんだい」
「天女先生が笑ってるよ」
薬舗に笑顔の花が咲く。
また穏やかな日常が過ごせそうだと、この時は本気で思っていた。
一週間後、空から
「わあ!」
「これで合っているか」
「もう少しゆっくり降りてくるともっと良いかも」
「わかった」
後に続いて降りてきた
「
「すべて
兄二人はさっそく母屋へと消えていった。
「ほら、荷物置いたらすぐに採寸に行くのよ」
「
「そうなのか」
「お父さんが家を建ててくれるらしいよ」
「……家」
父親が家を建ててくれる、ということに、
「そう。
「楽しみだ」
「ね。
「じゃあ、行こうか」
二人は母屋から一番近い門から外へと出た。
街の人々の視線がいつもよりも遥かに熱い。
「
「そうなのか」
「気にしたことないの?」
「姿勢を正さねばとは思っている」
「ああ、鍛錬じゃないからね、これは」
二人はいつものように話しながら呉服店へ。
中に入ると、待ってましたとばかりに女将が従業員に指示し、二人を別々の部屋へ連れ去った。
採寸は細部にまで及び、三時間後、ようやく解放された。
「身ぐるみはがされた気分」
「観光する? 一度帰る?」
呉服店の外で考えていると、二人の腹の虫が同時に鳴った。
「ご飯を食べよう」
少し歩いたところに、
そこへ二人で向かい、ちょうど空いていた席に腰を下ろした。
「お昼時なのにすぐ座れてよかったね」
「
目の前で次々と運ばれていくのはすべて大皿料理。
「あの細い身体のどこに十人前の料理が入るんだろう。いつも不思議」
「
「まあね。この身体は体力の消耗が激しいからっていう言い訳をして食べているよ」
二人は二品頼み、並んで待っている人達のために出来るだけ早く食べて店を出た。
普段はゆっくりと食事をする
「散歩してお腹が落ち着いたら帰ろう」
二人で思い出の場所を巡りながら
「ただいま」
「おかえりなさいませ。
忙しい両親に代わり、その弟子の一人が出迎えてくれた。
「ありがとう。私たちは母屋にいるから、父と母には帰っていることを伝えておいて」
「かしこまりました」
二人は手紙を受け取り母屋へ。
そこには机に顔を伏せている兄達の姿があった。
「ただいま。どうしたの?」
兄達は顔を上げ、「おかえり」と力なく呟いた。
「どうもこうも、伯父上達からの妙な贈り物を回避するために、
「量が問題でね。もし遠慮すれば、その分を埋め合わせようと宝飾品を贈ってきてしまうかもしれない、と……」
兄達は何が正解なのかわからなくなってしまったらしく、脳を休ませているのだという。
「が、頑張ってね。応援してる」
意見を求められては面倒なので、二人はすぐに客間へ向かった。
座布団を敷き、机を挟んで向かいに座る。
「手紙、誰からだろう」
「えっと……、あらあら」
手紙には、「
「もし
そして、最後に一言添えられていた。
「
「行こう、
「あの簪は危険だ。もう使うべきではない」
修復作業の開始は一か月後。
各
「一番近い
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