第十五集:戦
「やはりあれは
三日前、
休まずに飛び続け、一日半で到着。
宗主達はすぐに母屋へ向かい、各地から集まってきた
「それにしても、
「
「ははは、笑える」
屋根の上で休む若者達は、目の前で刻一刻と変化していく自分たちの状況に飲まれないよう、事実を見つめるしかなかった。
他愛のない話が出来る今を覚えておきたい。
きっと、物事の見え方が変わってしまうだろうから。
「明日彼らは、皇宮に至るまでにある城郭都市の中でも、三番目に近い
「両家が喰いとめている隙に背後に回り、その背を討つのが最強の武人である兄上が率いる
「そして、横腹を食いちぎり、二手に分かれて両翼を援護するのが
兵の数では敵わないが、戦力で言えばそうかけ離れてはいない。
「戦の直前だというのに、悔しいが、お前たちが駆けつけてくると思うとあまり怖さを感じない」
「すでに生死を共にしているもの」
「
「
立ち上がれないほど憔悴し、今は
「
「明日、起きた時にはもう今までとは違う日々が始まる。どんな結果が待っていようとも、私は今こちら側に立っていることを誇りに思う」
太陽が沈んでいく。
少しでも眠るために、
「これは入眠しやすくするだけのもの。人によってはすぐ起きてしまうかもしれないけれど、でも、少しでも休んで欲しいから」と。
湯浴み後、用意された部屋で布団に入り、目を瞑る。
香の匂いが部屋を満たし、心地良い。
翌未明。
「梅園、行くよ」
まだ空が藍色の内に、全軍
冬の寒さが残る風が、眠気を飛ばし、頭を冴えさせる。
「じゃあ、私達はあっちだから。またね、
「うん。またあとでね」
位置に着くと、風に乗って松明の臭いが漂ってきた。
空が紫から朱色へ変わろうとしている。
どこからか、大きくはないのに耳に響く呪詛のような声が聞こえてきた。
「お出迎えに感謝しよう、皇帝の犬共」
女性の声。
「
「私の腕を見せてやる。この傷跡は
始まった。
地を這うような
圧倒的な人数差を個々の能力で埋めて挑むも、
その時、百十万の兵の背後から二つの轟音がこだました。
「
二十、四十、六十と、
敵の隊列が前後に広がった。
「行くぞ」
「ほう! 分断する作戦か!」
すると、
「まあ、そいつらは武人ではなくこの辺りの農民だから強くはない。だが、お前達を足止めするくらい出来るだろう」
「
数珠は粉々に砕け、地面に落ちたその欠片一つ一つが赤い鎧を着た武士となって現れた。
その数、千。
「
紅玉の身体を持つ兵士たちは
「……
「左様です」
「そうか。お手並み拝見と行こう」
「
口の中に血が混ざる。
しかし、その効力は絶大だった。
さらに、宙に浮かび観戦していた
「強い、強いぞ、あの小娘!」
「行くぞ、
それは氷のように冷たく、目からは落ちた衝撃で血が流れていた。
それなのに、
「お、おい。どうしたんだよ」
慌てる
「大丈夫だ。お前の可愛い弟は
「な、なんだと……?」
「お、弟を殺したのか! 戦が終われば返す約束だろう!」
「ああ、返すさ。だが、『生きたまま』なんて約束はしていないぞ」
嘲笑が遠ざかっていく。
「父上!
「
「あの女道士が
「おいおい、私は太陽が嫌いなんだ」
「ふざけるな! 息子を……、
「さっきお前の長子にも言ったが、生きたまま返すなんて約束はしていないぞ」
「いいのか? 私が死ねば、
間違った者と組んでしまった。
しかし、それも後の祭り。
もう引き返す道はない。
「必ず皆殺しにしろ」
「もとよりそのつもりだ。
「父上、どうなさるのですか」
「あの女が
何かが目に入ったのだろう。
痛い。
袖で拭う。
やっと視界が開けたと思ったら、父が弟の身体を抱きしめながら落下していくのが見えた。
「父上!」
「ち、父上……」
戦場から聞き覚えのある声が聞こえた。
「遅れてごめん!」
それは
「無事だったんだね!」
少し掠れているが、
戦いへ向かっていく
「槍、返してもらうよ」
嘲笑。
何の遠慮も無く父親の身体から引き抜かれる槍。
血が噴き出す。
何も出来ずただ茫然とするしかない
「付く側を間違えるからこうなるんだよ」
だから気付けなかった。鏡が父親の血を吸い尽くそうとしていることに。
一方戦場では、思いがけない援軍の存在に、
「どこで何をしていたかは、これが終わったら話すね」
「わかった。会えて嬉しいよ、
「私もだよ」
槍を使い戦場を駆ける
自信があり、
そして、髪にはあの
しかし、今はそれどころではない。
「白梅、紅梅。怪我人を集めて重体、重傷者から順に手当てを。これ以上、可哀そうな
「文句は後で聞くから」
双子は泣きそうな顔をしながらすぐに行動を始めた。
「青梅……」
青い光が
「おや?
「なぜ狙う」
「邪魔な奴は見ればすぐわかる。この場において最も厄介なのが、その陰陽娘だ」
「お前の相手は私だ」
「悪いが、美男子に興味はないんだよ」
「顔も良くて腕も立つ。お前、よく
(身体には、戦うのに充分な量はある)
「お前には敵いそうもない。でも、味方は無限に増やせるんだ。なんてったってここは戦場だからな」
「おい……、お前、なんてことを! これは父上が
「皆殺しだ」
「
鏡が太陽の光を反射し、閃光を発した。
次の瞬間、
「死ね」
数は大きく削ったものの、先ほどまで戦っていた
「
その数は三千。
「黄色い武士はあまり強くないから、盾として利用してください!」
「充分だよ! 息を整えられる!」
刹那、白い光と共に輝く蝶が舞い降りた。
その蝶は
何故か
「な、なにこれ。めちゃくちゃ力が沸いてくる」
一撃で十体の鬼が地面に沈んでいく。
他の兵も同じく覚醒し、一気に優勢となった。
「どういうことなの……?」
すると、そこには
「この蝶は……、まさか」
背中で、
「くそ! また、届かない、のか」
ゆっくりと地面に倒れ込み、赤煙が身体から抜け、鏡へと吸い込まれて行く。
鬼たちは活動を止め、人形のように固まり、灰になりはじめた。
「勝った……?」
各所で「勝った、勝ったんだ!」と歓声が上がる。
と、その直後、
「
「みんな……、みんな……」
少し遠くでは、
「
「お、おにい、ちゃん」
戦況を白龍の上から見ていた
「み、んな、霊力、を、失いかけ、て、る。自己、治、癒、能力、が、間に、合、わない」
「
「まずい。このままじゃ……。白梅そのまま
「持ちこたえろ、
丹薬は
「息をしろ、
「
涙を流しながら顔を覗き込むのは、
身体を包んでいるのは、愛しい人の腕。
「な、何があったの? みんなは?」
「大丈夫。
「
「もう無茶はしないでくれ」
「うん。約束するよ」
兄と弟、そして白梅が手当てをして回っている。
紅梅と青梅はその手伝いをしているようだ。
「お姉ちゃん!」
「おお、目が覚めたか」
二人が側にやってきた。
「お姉ちゃん」
「心配かけてごめんね。でも、私……」
「もう大丈夫だ。ただ、もう」
「さっき
「そうしてくれ。心臓に悪い」
悲しげな瞳で微笑む兄の言葉が、胸を締め付ける。
「じゃぁ、俺たちは治療の続きをするから。お前もそれなりに回復したら手伝ってくれ」と言い、
「
「捕まって、
「そっか……。鏡は?」
「兄上達が頑張っているけれど、怨念を吸い過ぎて封印も破壊も難しいんだって。邪気が強すぎてそもそも触れないし」
三人で話していると、
「
一瞬、
「ねぇ、
すると、
「実はこれ……、
三人は
「ずっと持っていたの?」
「義兄上もつい最近まで知らなかったんだ。
また嘘か、と
「もしかしたら、この簪ならあの鏡を破壊できるかも」
「あれ、どう思う?」
「あの蝶は私達の霊力を吸い、一時的に強化していたように思う」
「私もそう思う」
「だから私にはとまらなかったの……?」
「
「わからない。でも、私のところには一匹も来なかった」
「
白い閃光が空まで届き、何かが砕け散る音がこだました。
「うそ、本当に破壊出来たの?」
そして数分後、険しい顔をして戻ってきた。
「どうだった?」
「吸ってた」
「吸ってた?」
「吸っていたの。あの簪、鏡の怨念を」
「え……?」
「驚いちゃったよ。でも、兄上達が『すぐに
三人はあまりの衝撃に言葉が続かなくなった。
それぞれ冷静に考え、三人は同じ考えが頭に浮かぶ。
「神器は怨念を吸って強化される……?」
「それってまずいよね」
「まだ一つ見つかっていない」
初春の冷たい風が吹く。
しかし、まったく春の気配を感じない。
この冷たさは気温のせいなのか、悪い予感のせいなのか、三人にはわからなかった。
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