第十二集:侵攻
急いで
未明ではあったが、すぐに
「なるほど。許すわけにはいきませんな」
品のある静謐とした居室の空気が張りつめる。
「数日前、すでに不審者を数名始末しましたが、おそらく斥候だったのでしょう。今日中には城門前に到着するかもしれませんね」
「各地に隠してある我が兵に隠密の格好をさせ、
「感謝します」
「我が軍の御霊も喜ぶでしょう。
「もちろんです。城壁に生える雑草一本たりとも傷つけさせません」
父の目が白く光った。
「殿下のことは常に信じております」
「私も同じです」
「避難訓練だと思えば役に立つというもの」
「戦闘後の酒肴の用意の方が忙しくなりそうですな、殿下」
「ええ。楽しみにしております」
「
「もちろん。行くよ、
その動物達の目を使い、敵の数や斥候、伏兵を探すのだ。
もちろん、大型の動物には戦う力もある。
「白龍、空の散歩と行くか」
「白龍も戦っていいのですか?」
「もちろん。俺と楽しもう」
「わくわくします」
「手紙は飛ばしたか」
「うん。万が一に備えて、燕で三通ずつ」
「よし。では、我々も配置に着こう」
「
「街と住民のみんなは私と
「
両親に背を押され、
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。伏兵、始末してきたよ」
「さすがは俺の弟。良い子でちゅねぇ」
「僕もう子供じゃないよ。ほら、怖い人達、もう門の前に着いたみたい」
「行くぞ、俺の可愛い
瞳を青く光らせた兄の声を合図に、白龍が雪を降らし始めた。
門前に到着した
「
野太い悲鳴がこだまする。
「は、肌が、肌が凍傷に!」
雪が触れた部分がみるみるうちに赤く
「
空狐としての本来の姿を現した
「私達も出番だね。白梅、紅梅、青梅。今日は私を護らなくていい。自由に全力で戦いなさい」
三人の瞳が
「行こう!」
四人は武器をとり、三万の軍を背後から討ち始めた。
「退かせないから」
杏色の
白梅の白い刀から発せられる
青梅は兵士たちの頭上を舞いながら一対の黒い刀でその首を斬り落としていく。
空を飛んで
「
「さすがお母さん」
「どこまでも駆けておいで」
「一割だから、三千人かな。それだけ戻れば、充分恐怖の噂が流れるだろう。もう二度と
「わかった」
そして夜が近付く頃、「そろそろいいぞ」という
一人、また一人と、隊列を作り次々と戦場を脱出していく。
「もう少し粘ってくれてもよかったんだけどな」
「僕も、まだ戦えるのに」
駆け寄ってきた
「
「……ちょっと眠いかも」
「じゃあ、戻るか」と、
「ただいまぁ」
「あら、もう終わったのかい」
「お疲れ様」
地面に御座を敷き、酒類無しの宴会をしていた街の人々が「これで酒が飲めるな」と笑い合った。
日頃から月に一度避難訓練をしているおかげだろう。
実に肝が据わった人達だ。
「父さん、母さん」
「見事だったね。三人ともお疲れ様」
「ありがとうございます、
兄妹弟三人で
「今、遺体の処理を相談していたんだ」
「あのままにしておくと、血の臭いで色々集まってきてしまうでしょう? どうしたものかしら」
すると、兄がとんでもないことを言い出した。
「冷凍して
その場の全員が固まった。
「つ、
「大丈夫。白龍でちゃちゃっと済ましてくるから。どっちの家もさ、仲間の遺体が戻ってきたら喜ぶんじゃない?」
「いや、ど、どう思います?
「ううん……。ううん……。恐怖を与える目的で敵将の首を掲げることや、敬意を表して将軍級の遺体は丁重に送ることもあるにはあるが……。ううん……」
大人たちが悩んでいるので、兄妹弟だけで話し合い、そうすることにした。
「じゃぁ、行ってくる。ついでに
「え、ちょっと!」
母の制止する声は虚空に溶けていく。
眠そうな
「うげ。お前達ったら……」
梅園は
「みんな、集めてきて」
梅園が集めた遺体を、白龍が凍らせていく。
「どうやって持っていくの?」
「
「じゃぁ、行くぞ」
全員で白龍に乗り、
着いたあとは少し高度を下げ、袋ごと
叫び声がしたが、かまわずその場を飛び去り、
「……あ、よかった! 無事みたい!」
「ほら、行ってこい」
「
「
まるで満点の星空でも見ているようなうっとりとした表情を浮かべ、両腕を伸ばす
「私も兄上も、みんな無事だ」
「桜は? 桜は無事なの⁉」
慌てる
「
「よかった……」
二人で話していると、
「
「兄上」
「大丈夫だ。だが、まさか
「では……」
「その時に
「はい!」
「あ!
「
「よかった……」
深夜前に届いた知らせで、
「
「
湯浴み後、三人は眠れず、ずっと話し込んでいた。
次々と届く知らせに目を通し、戦況の確認をしている。
「中小
重い雰囲気が流れる。
今回助かったのは、大きな
「生き残りが
それに、
「
「そんなに怖いんですか?
三人はそれぞれの親友との試合を思い出し、笑いだした。
「ふう。あ、そうそう。
「いえ。
「え、じゃぁ、まさか……」
「増えた兵は、死後も共に戦うと
「天下は不可思議でとても広く、
三人は少し冷えた茶を飲み一息つくと、それぞれの部屋へ戻りやっと眠りについた。
☆★☆★☆
灯篭の中で火が揺れる。
写し出された影は三つ。
一つは高座に、一つは床に、一つは立っている。
「話が違うぞ!」
「落ち着かれよ。話が違う、というのはこちらの台詞。
「やめよ」
「では、約束の物は渡してもらえないということか」
「いえ。私はあなた方と違い、約束を
黒装束の男は懐から箱を取り出すと床に置き、
箱を開け、絹の包を
「これが
「鏡をはめてみては?」
鏡の破片を手に取り、一つ一つはめていく。
「お、おお……」
鏡は器に入るとすぐに自己修復し、まるで割れたことなどないというようにそこに存在した。
「それは自分に向ける物ではありません。使い方はご説明申し上げたでしょう?」
「わかっている」
次の瞬間、黒装束の男は斬り裂かれた。
しかし、身体は血が出るどころか、冷気を発している。
「私がこれを予期していなかったとでも?」
どこからか声が聞こえる。
「ち、父上! この遺体は先ほど空から降ってきた我が兵です」
「領内にたくさんの人形が転がっておりましたので、一体拝借させていただきました」
「くそ! 姿を表せ!」
「また斬るおつもりで?」
「あなたは尽きることのない軍隊を手に入れました。次こそ、勝利をお納めください。期待していますよ」
声は遠ざかり、やがて何の気配もしなくなった。
「そのつもりだ」
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