第九集:灯り
「ただいま」
昼の太陽がまぶしく輝いている。
「おかえり、お姉ちゃん!」
空から降りてきた
「おお、やっと帰ってきたか、看板娘」
「
「おいおい、みんな。ここはまず家族の再会が先だろう」
「そうそう。俺たちはお弟子さんたちに大人しく接客してもらおうぜ」
みんなが気を遣うふりをしながら
「お父さん、お母さん。ただいま」
「おかえり
「いやいや。妹のお迎えくらいなんてことないよ」
「あんなに時間を気にしていたのにね」
「母さん、それは内緒だってば」
久しぶりに会う家族はあたたかくて、心から「帰宅した」と思える安心感がある。
清廉な薬草の香り。
子供のころから愛してきたものすべてがここにある。
「あ、お父さんとお母さん、それに……」
「話は聞いているよ」
「お姉ちゃん、あとでいっぱいお話聞かせてね! 行ってきます!」
可愛い少年と可愛い狐が駆けて行く。
みんなで
居室へ入ると、
「これで会話は漏れない」
「
「
「そんな……。もしや、一人で」
「違うよ。その、
大まかに説明をし、
「私は、えっと、だから、、
「そうか、よかった……。
「
そんな両親の反応に何かを察した
「
「そんなものに妹を送り出せと?」
「それに強制だって? 人質にとるようなものだろ」
机が
「
決意が見て取れる娘の表情が強く美しく、そして悲しかった。
「じゃあ、どうして」
「私が参加するって決めたの」
「お
「お前が決めたのなら……、仕方ない。お兄ちゃんは応援する。
こんな表情をする兄は初めて見た。
まさか、泣くなんて。
「無事に帰ってこい」
つられて涙が出る。
「困ったら、すぐに手紙を飛ばす」
幼い頃、
鶴は三日、鳩は一日、燕は二時間以内。
燕は小さな紙で折らないと飛ばないため、本当に数文字しか書くことが出来ない。
まさに緊急用だ。
「ほらほら、二人とも。泣き止まないと、
「
季節は冬。指先は冷えているのに、握った手に汗がにじむ。
(
得体のしれない者が、友人のすぐそばにいる。
「その話の後、兄上達に探ってもらったが、皇統まではわからなかったそうだ」
「
焦りで前のめりになる。
不安が心を満たし、手が震える。
「彼について分かったのは一つだけ」
父の次の言葉を待った。
「お前たちと同年代ではない、ということだ」
たった四ヶ月間。それだけの間に、いくつの嘘をつかれたのか。
そもそも、何が本当だったのか。
何年も側で過ごして、何も気付いていないのか。
そもそも、
疑問が疑問に変わるだけ。
(
あの二人を引き離さなくては、
しかし、どう思案しようとも、良い解決法は浮かばない。
「
「あ、ごめん」
白龍は大切な人たちの心が視認出来る。
その目は今にも泣きそうだ。
「薬が増えるぞ」
心配そうに
「気を付けるってば」
「ただ、
それに、と、
「もし
それだけは避けたかった。
それを願っていたのは、
「私が話すから、二人はその場に一緒に居て頂戴ね」
「私がいる限り、家族が傷つくことはない。
まるで目の中で星が弾けたように視界が澄み、湧き上がる勇気が心の周りで風となる。
「頑張る」
右腕にある
梅園にも伝わったのだ。
「
母の問いに、
「うん。
「はいはい。お前が将来暮らすことになる場所に送ってやるよ」
「ああ、寂しくなる。こんなにはやく娘の結婚が決まるなんて……」
「あら、まだ
「母上は現実的。だから夢見がちな父さんを夫に出来たんだな」
「そうそう」
「じゃぁ、
「うん。だらだらする」
「お、お店の手伝いをしてくれても、いいんだぞ?」
「うん、だらだらする」
父は諦めて母と共に店へと向かって行った。
「本当に手伝わないのか」
「冗談だよ。明日から手伝うつもり」
「さすが看板娘」
翌日から本当に店に立ち、両親と
街はたくさんの釣り灯篭で彩られ、昼とはまた違った美しさがある。
その設計は当時の皇帝と
大切な兄弟分である
まさに
その中の一角、十八時以降未成年立ち入り禁止の区画がある。
「二時間くらい一緒に居られるかな」
顔なじみの門番に挨拶し、
同じ
咲き誇る花々と
そんな雅な街中でも一際大きく豪華絢爛な建物が、
妓楼には『
艶麗な白薔薇、優美な白牡丹、清楚な白百合。
「久しぶり」
「あ!
「もう上がっていいの?」
「
「わかった。行ってくる」
支度室から華やかな声が聞こえる。
その前に立ち、そっと声をかけた。
「お姉様達、入っても?」
返事を待つ間もなく、勢いよく障子が開き、中からまだ幼さの残る顔立ちをした美女が三人出てきた。
「
「何よ、
「本当、幼馴染の美女たちを何だと思っているのかしら。
「お、お姉様方、前開き過ぎですよ……」
「
「
「あら、喉が傷んでその可愛い声が出なくなったらどうするのよ」
会話が止まらない。
すると、
全盛期の凄艶さを思わせる立ち姿に、思わず見とれてしまう。
「ちょっとお嬢さんたち、
「あ、そうだった」
「入って入って」
「座りましょ」
「
女将は目を輝かせながら
「あの、えっと……。
まだ話している途中なのに、四人が飛びかかってきた。
「おめでとう!」
「やだぁ、泣けてきちゃうわ」
「初恋が実ったのね!」
「
話が全く進まないし、その話も飛躍しているし。
でも、心から喜んでくれていることは伝わる。
「暑くて重くて目のやり場に困ります」
「あらあら」
四人が離れた後、
「結い直してあげる」
女将が櫛と椿油を持ち、さっと直してくれた。
「じゃあ、私は仕事に戻るわね。三人はしっかり話を聞きながら準備しなさいよ」
「はあい」
「化粧なんてすぐですよぉ」
「恋の話を聞いた方が綺麗になれるもの」
女将は「まったく、うちの三人娘は……」と苦笑しながら部屋を後にした。
「で? 彼はいつ
「えっと、もう少し先かな」
「うちの歌劇見に来てくれる?」
「必ず連れて来るよ」
芍薬楼では、週に二回、全年齢向けの歌劇を上演している。
全ての役を女性が行うため、男装姿が壮麗だと
「彼のどこが好き?」
「や、優しくて……、もう、全部全部!」
「ちょっと、照れないで教えなさいよ」
次々と質問が飛んでくる。
それらに答えてへとへとになった
「わあ……」
どんな貴石なら、何の花なら、どの星なら、彼女たちに敵うのだろう。
「どう? 惚れちゃった?」
「もうとっくに惚れています」
この美しい姿を目にしたということは、もう帰らなければならない時間ということ。
「では、本日もお仕事頑張ってね」
「戦ってくるわね」
「何人の男が私達の美貌に落ちていくかしら」
「あら、
まさに、出陣、という言葉がよく似合う。
攻められる側が勝つことはないけれど。
火照った頬に、冬の夜風が気持ちいい。
「新年は戦場で迎えることになるのか……」
小さな幸せかもしれないけれど、そんな日常を息が出来なくなるほど大切に想っていて、愛おしくて、たまらない。
「だから、守るんだ」
月が輝く空に、杏色の星が瞬く。
消えることのない、希望を抱きしめながら。
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