第六集:歪み
雅学二十日目、
地面に影もないのに、空に浮かんでいる。
龍は太陽の光を透化出来るため、影ができないのだ。
唖然とした顔で空を見つめる門下生達をよそに、駆け寄る者が三名。
「どうもぉ!
気の抜けた大きな声が降ってくる。
「お、お兄ちゃん!」
「おお!
白龍から降ってきたのは声だけではなかった。
翡翠色の羽衣を纏った成人男性も一緒に、ゆっくりと地面へ降り立った。
「あ、
「お久しぶりです、
糸目で笑い顔。
髪は
深緑色の
「白龍縮めますねぇ」
「お久しぶりです、
まだまだ甘えたい盛りだ。
「配達ご苦労様です」
「いえいえ! 薬舗の激務から解放されるので、この仕事は大好きですぅ。……もしかして、そちらの美青年は……、
「はい」
「
「一生守ることで合意しました。近々ご挨拶に伺います」
「お、おお……。
「あ、うん」
「では早速、薬房をみせていただきますねぇ。ちゃんとしたご挨拶は後でしまぁす」と、木箱を白龍に持たせ、待機していた
「相変わらず、突風みたいな方だ」
「うちの兄がすみません」
天才型の
それが刀術でも、医術でも、
「わあ、わあ、素敵ですね。ねえ、
「そうですね! 兄上」
「喜んでいただけて、白龍も気分がいいと思います」
「ご家族皆さん従者をお持ちなのですか?」
「母は
父、
兄、
刀術と医術を司る白梅、弓術と守護を司る紅梅、隠密と浮遊、そして災禍を司る
青梅の真名は
弟、
「陰陽術師であれば七歳までに従者を得ることが出来ます」
「わあ、わあ、素敵」
「わくわくしますね、兄上」
「単なる奴隷じゃねぇか」
「
「まあ、陰陽術は
五人が話しているところへ、珍しい人物が近付いてきた。
「あの、素敵ですね。その、兄君の龍……」
勇気を出して話しかけてきてくれたのか、頬がとても紅潮している。
まるで寒い場所から暖かな室内へ移ったばかりの少女のようだ。
「
「え、え、お話ししてもいいのですか?」
顔がぱっと明るくなる。
まるで花が咲いたように。
「もちろんです」
一度目は一昨日の午後、どこかの門下生にわざと肩にぶつかられ、転んだところを助けた時。
義弟の
「
「大歓迎です」
(本当に、とても仲良しだ)
周囲は
常に一緒に行動し、
ただ、少しその行動がいき過ぎているのか、若干話しかけづらいと思うこともない。
「あ、
亜麻色の髪をなびかせながら、笑顔で駆け寄ってきた
「薬房を手伝っていたら、いきなり白い龍を連れた明るい男性が入ってきて驚いちゃった」
「うちの兄がすみません……」
「え!
「うちは兄弟三人とも似ていないんだ」
「そうなんだ。うちと一緒だ」
少し悲しげな表情で微笑む
「
「お疲れ様」
「その前にみんなが白龍と触れ合いたいって。お兄ちゃんは
「そうするかぁ。じゃ、白龍をよろしくぅ」
「皆さん、白龍と遊んでくれるんですか?」
白龍はとても嬉しそうだ。
「鱗があるので少し硬いですが、鱗と同じ方向に撫でてくだされば、白龍はとても嬉しいです」
その場にいる皆が「え、撫でてもいいの?」と驚きつつ白龍に触れ出した。
「わあ、ひんやりしているんだね」
「私達の手が熱すぎて痛くなったりしないの?」
「人間の体温なら何ともありませんよ。それどころか、溶けた鉄程度なら耐えられます」
「わ、すごいんだね」
「
「そうだ」
「じゃあ、白龍のことも大切にしてくださいますか?」
「もちろんだ」
「そちらのお二人、もっと撫でていただいて大丈夫ですよ」
そうして過ごしていると、白龍の髭が空に向かって持ち上がった。
「あ、
白龍は満足そうな表情で
「可愛かったね」
「白龍に触れている義兄上がとても可愛らしかったです」
(血が繋がっていないのだから、別におかしくはないけれど……)
「
やっぱりだ、と
「い、良いですよ」
「じゃぁ、
「私達は?」
「
「良いもん、鍛錬好きだもん」と、
おそらく、
「仲が良いんですね」
「はい。
「ねぇ、名前で呼び合わない?」
「じゃぁ、
ちょうど中庭には他に人がおらず、一番よく景色が見られる場所を確保できた。
椅子に座り、一番に口を開いたのは意外にも
「お、お二人はいつ仲良くなったのですか?」
「えっと、雅学が始まって一週間経った頃だっけ」
「そうそう。
「あの時は、どこの貴公子が抱きかかえてくれたんだろうってときめいちゃった」
「私でごめん……」
「貴公子よりも、もっともっと嬉しかったよ」
「
「え、ええっ」
「
「……
「い、いいよ! そんな……、め、迷惑だろうし。それに、あの、
「
「あ、じゃぁ……」
「では、失礼」
「あ、わあ……」
すでに
「上昇し、少し円を描くように飛びながら着陸するから。しっかり抱かれていてね」
「は、はい……」
太陽が傾き、地平線を目指して沈み始めている。
「綺麗だ……」
「寒くない?」
「大丈夫。
「今日は体調が良くて。体温がまともなの」
「では、ゆっくりと降りて行きますよ、
風が二人の身体の周りを巡り、その音が空からの祝福のように聞こえる。
気付けば、地面はすぐそこ。
ふわりと着地した
ゆっくりと地面に足を着け、自分よりも背の低い、可愛い
「お疲れ様。さぁ、温かいお茶で冷えた身体を癒さないとね」
「本当に、素敵な体験をありがとう」
「またいつでも」
そこへ、
「
「わかった。じゃぁ二人とも、また後でね」
「何を話していたの?」
「お二人が
客間へ入り、お互い向かい合うように座った。
「……いつも通り、あまり良くはない。ただ、修練は続けているみたいだな。霊力の調和も、
普段の兄。商人としての口調ではない。
「霊力で戦ったんだって?」
「挑発に乗るな。吐血だけで済んだのは幸運だったと思え。白龍のおかげで俺はすぐに駆けつけられるけど、もし間に合わなかったら? お前が倒れたら悲しむ人達がいることを忘れるな」
「わかった」
怒っているというよりは、
「もうしない。挑発にも乗らない」
「そうしろ」
解放された手首をだらりと下げ
「なんだなんだ、お兄様じゃ不満か」
「違うよ。どうせ薬が増えるか成分が強力なものに変わっているか……。そうなんでしょ?」
「その通り。父さんと母さんも、特に
「あはは。ありがたい」
「増えてはいないが……。まあ、劇薬ってとこだな。この薬は霊力の弱い人間が飲めば錯乱する。こっちは心臓発作。で、これは一週間くらい眠ったままになるだろうな。だから酒類は厳禁だぞ。飲み物は必ず確認してから飲め。酒を盛られたら身体が痺れて感覚が鈍るからな」
とても薬とは思えないようなものが詰まった瓶を、それぞれ二本ずつ、計六本受け取った。
「これは朝晩。これは昼だけ。わかっているだろうが、必ず空腹時に飲めよ。それと……」
「緊急用だ。どうしても自分の力では抑えきれず、さらには二時間以内に俺が駆けつけられない場合にのみ、一錠服用しろ」
「白梅を呼べ」と言われ、
「
「この小瓶は白梅が管理するんだ。他の薬もどうせ白梅が
「かしこまりました。
梅園はそれぞれ積載量の違う
白梅なら医術道具や、百味箪笥などの
紅梅は一番積載量が多く、
青梅に関しては積載量が殆ど無く、『
「
「うん。約束する」
「ねぇ、さっきの密書の話は?」
「ああ、なんとなんと、
「え、なんで?」
頭に家族、街の人々、芍薬楼が思い浮かんだ。
「
「嘘でしょ⁉︎ そんなくだらない理由で?」
怒りを通り越して呆れてしまう。
「んなわけないだろ。
「どうして?」
「どうやら、鏡の破片を全部持っているらしい」
「え」
鏡のかけらは四方に飛び散ったはず。
偶然でそれらが揃うわけがない。
「
「だろうな。鏡の器が
「でも、じゃぁ……、なんで
「現在御史台を仕切っている御史の
「陛下も側近とはいえ官僚の孫の嫁にまで干渉しないし、調べることもないだろうから仕方ないね。
「おいおい我が妹よ。
「あ……、そうか」
さらに、その身体には
「すでに
「心配いらないってことだ」
「その通り。じゃぁ、俺は帰る。雅学最終日に迎えに来るから、可能な限り健康でいろよ」
「うん。ありがとう」
二人は客間を出て宗主達がいる部屋へ向かった。
「お、兄妹の会話は進みましたか」
「次は
「また来ます。弟は飛べるのに高所恐怖症で……。なんとか言いくるめて連れてきますねぇ」
「ふふ。お待ちしております」
四人で外へ出ると、
「お見送りしようと思って」
「
「兄上、それを言ってはいけませんよ」
あたたかな笑い声が広がっていく。
「では皆さん、私の可愛い妹をよろしくお願いしますねぇ!」
勢いよく舞い上がった白龍の身体へ向かい、
「
少し寂しそうな
「これくらいで揺らいでいたら、お嫁になんていけないよ」
微笑む
「お互いがお互いの居場所であれば、それがどこでも構わない。離れて過ごさなくてはならない日があっても、私は
本心なのだろうけれど、
切ない目が、あまりに可愛い。
「私のこと大好きだね」
「当然だ」
幸せそうに微笑む二人を見つめ、
誰の特別にもならず、なろうともせず。
「いいなぁ……」
振り返ると、それは
いつの間にか
とても悲しそうな目で
そして、
瞬きほどの時間。でも、目撃するには十分だった。
秋風が通り抜ける。
まだ冬の気配はしないのに、それはやけに冷たく、痛みを伴った。
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