第二集:汚れた神器
鮮やかな翡翠色の
「ここが
目の前に広がる景色は純白の壁。
それ以外に見えるのは、頂にまだ雪の残る鋭利な角度の岩山と、目が醒めるような鮮やかな青の門。
「ここで四ヶ月間、上手くやっていけるかな……」
晩夏の風が頬を撫ぜ、遥か上空へと舞い上がる。
「全員が集まるまでの一週間。
青い門に近づきながら、予習した内容を頭の中で反芻した。
長命種の人間の一族、
彼らは普通の人間との婚姻関係を結びながら特別な力と血を分け合っていった。
次第にその血は薄くなり、かつては七百歳もあった寿命が、今では二百歳にまで減少。
幼年期、少年期、老年期は一般的な人間と同じだが、青年期がとても長く、壮年期がそれに続く。
見た目は常人と何ら変わりはないが、彼らはこの世に生まれ出でるときに神々から一つの種を授かっている。
名を
霊力は身体能力や自己治癒能力を大幅に向上させるだけでなく、各
霊力の強弱は生まれ持った才能によるところが大きいが、修練の成果によってはその差を補うこともできる。
心身の成長に合わせ、種は次第に植物の様相を呈するようになり、
「霊力の授かり方は
自身の左腕に淡く光る植物を出現させながら、
「痛っ! ……誰も見てないよね。よかった」
周囲を見渡し、人気のないことを確認するも、恥ずかしさに顔が熱くなる。
「
背後、頭の上の方で名を呼ぶ声が聞こえた。
「……
紺碧の
一人は表情に乏しいが頬を赤く染め耳まで赤くなっている。
美しく長い髪を高い位置で結い上げ、残りは背中に流れているため、隠すことができずに余計に頬を赤らめている。
もう一人は優雅で柔和な笑みを浮かべ、大人の余裕を感じる佇まいの若き宗主、
「君のご両親に頼まれて、
「ああ、そんなわざわざ……」
大隔世遺伝により、数十代前に存在した先祖の力を受け継いでしまったのである。
それは、父方の莫大で強力な霊力と、母方の類稀なる生成量の
強すぎる力は
そのため、
しかし、これから関わろうとしているのは霊力を正道とする
病状の説明なしでいきなり
「私の身体や力、症状や服用する薬について書かれた書簡を父から預かっているんです。てっきり、私に全て任せてくれているんだと思っていました。お手を煩わせてしまいましたよね……」
元気な笑顔が萎んでいく
「ご両親は心配なのだよ。困ったことがあれば、我が弟に頼るといい。
「
「可愛い弟には困ったものだ。雅学までまだ一週間もあるというのに、私が
「兄上」
「ふふ」
「では、そろそろ中に入ろうか」
紺碧の門に
「わあ! 建物の中に、川が流れている!」
真っ白な石畳が碁盤の目のように土地を形成しており、その間全てに清らかで冷たい水が満ち、川となって流れている。
それぞれの区画を繋げるためにかかっている橋も白くて美しい。
まるで一つの街のよう。
「
「
初めて見る涼やかで荘厳な光景に、
「
「
十年前、家族で
まだ友達と呼べる者もおらず、本ばかり読んで過ごしていた。
歳の離れた兄は父の手伝いで店に立ち、まだまともに言葉も話せないほど小さな弟は母の腕の中。
そんな時、
暇を持て余し、歳の近い友人が欲しかった
話しかけられたことに驚いた
すると、
それからは
そして、
帰り際に
「成人したら迎えにくる。私が生まれ育った
その後は
(あ、あれは子供の約束……、だよね……?)
現在、
「あ、えっと」
「返事は急がない。まだ二年ある」
全身に優しい雷が
「う、うん。わかった」
何がわかったのか自分でもわからなかったが、それはきっと幼い頃に微かに夢見ていたことの続きのような気がして、
「おお!
突然、底抜けに明るい声が響き、その主の方へと身体を向ける。
「
純白の
雅な見た目とは裏腹に、身体そのものを武器とする近接格闘術が専門の
「毎日鍛錬を欠かしませんから。で、そちらのお嬢さんが例の……」
「
「こちらこそよろしくお願いします、
「
そしてまた笑顔に戻ると、
「今回の雅学には私の弟、
「では、二人は私の部屋に。
「あのね、
「気にしない」
「
「さあ、
「あ、は、はい!」
しかし、これから二人の宗主に話すことは、とても笑っていられるような話題ではない。
「
「大丈夫だよ。ただ、
「わかりました……。
「白の
二人の宗主は三名の従者を見つめながら、すでに実力の片鱗を見せた
「紅梅」
「我々の声が漏れないよう、陣を張らせていただきました」
鞄から一つの艶やかで重厚な箱を取り出し、それを二人の目の前へと置いた。
絹の紐に蝋で封がされている箱を見て、二人は顔を見合わせた。
「私、
「箱を開き、中の聖旨を手にした瞬間、それは命令に変わります。両陛下はそれを望んではいません」
中には巻物が入っている。
「ここにあるのは、両陛下が聖旨を発するに至った事案を書き記したもの。こちらをご覧になり、そして私の話を聞いた上で、聖旨を受けるかご判断ください」
二人が頷いたのを確認し、
「ことの発端は、およそ千年前。
当時、
その後、
一度目は唯一にして最後の女性
今からおよそ八百年前のこと。
彼女は自身の父親が偽りの申告による不敬の罪で死罪にされたことを恨み、失われた五つの神器のうちの一つである古琴を用いて武人の
古琴はその弦が全て人間の腸から作られたものに替えられており、放つ怨念や邪気は桁外れ。
彼女が皇宮に至るまでに殺した者は数十万にのぼり、たった一人で二つの城まで落としてしまった。
この時、その反乱を鎮め、皇宮を守り抜いたのは、当時の国師とその弟子達。
彼らは
その後、何度試しても古琴を浄化する事は出来なかったため、国師によって破壊されることに。
二度目の危機は四百年前。
当時の皇帝は何人皇子が生まれても、三年以内に全員が亡くなるという悲劇に見舞われていた。
正統なる血筋の後継者がいなくなれば、国力を損ない、他国に攻め入る隙を与えることになる。
しかし、何度子供を作ろうと、生き残るのは公主だけ。
そこで、すでに国交があり学友であった
天皇は
陰陽術師は到着するとすぐに皇宮へ向かい、皇帝に謁見した。
すると、すぐに「滅ぼした国から娶った公主を冷遇し、結果自害に追い込んだことは?」と皇帝に尋ねた。
皇帝は顔面蒼白になり、「十五年前に……。だが、何の能力も持たぬ
陰陽術師はそこで何かに気づき、「寝殿を見せて頂いても?」と言った。
皇帝は「全ての寝殿への入室を許可しよう」と
その中の一室に入ると、陰陽術師の手の中にあった呪符が激しく燃え上がり、灰となった。
同行していた
「ありました。これが原因です」と、陰陽術師が手にしたのは香炉。
「取り戻したはいいが、遅かったようですね。この香炉に入っている香灰は焼かれた人間の灰です。とても強い呪術がかけられており、浄化は不可能。破壊するしかないでしょう」と事もなげに言い、
皇帝の命によりすぐに香炉は破壊され、中の香灰は陰陽術師によって適切に破棄された。
「ここまでの話はすでにただの歴史。これよりお話しいたしますのが、今に続く事案にございます」
百年前、当時の
それはこれまで見たどの鏡よりも美しく、精巧で、惹きつける魅力に溢れていた。
鏡の異常さに気付いたのは、
鏡について調べようと、商人を探したがすでにその姿はどこにもなく、それどころか、骨董市に参加した誰もその者を覚えてはいなかった。
そんなある日、娘は、小鳥が羽ばたく様子を見て母親が騒ぐのを目撃。
「ねえ、生き返ったのよ! ほら、あなたも見たでしょう!」と。
娘は母が日に日にやつれていくことに危機感を覚え、隙を見て鏡を盗み、破壊。
その瞬間、割れた鏡は宙へと浮かび、黒い煙をまき散らしながら四方へ飛散。
太陽は翳り、空には暗雲が立ち込め、邪悪な波紋が広がった。
それは海を超えて
天皇は原因究明のために十人の陰陽術師を
すでに正気に戻っていた
鏡が嵌め込まれていた部分も柄も全て珊瑚で出来ており、人間の血で磨き上げられた痕跡があった。
「銅鏡部分がこの器に戻りたがっているようですね。封印するほかありません。砕け散っていった四つの破片は、この器が封印されている限り悪さをする事はないでしょう」と、
このことは歴代の
「それが十年前、どこでそのことを知ったのか、
「そ、そんな……」
「裏山には何重にも結界がかかっており、祠を開けるには手の甲にこの氷花紋が刻まれていないと……」
「その結界は
「盗まれた神器は鏡を除いて残りは二つ。
「
「そうです。盗まれた神器は全て、一人の人間を素材として呪物に作り変えられているのです」
「人間を……、素材に……」
「
「無礼なことと承知の上で申し上げます。もし、現存する三つの神器が揃い、その強大な呪力を使って
「これは決して大袈裟ではありません。だからこそ、皇帝陛下がその善良さを信じている
「では、十年前に越してきたのは……」
「そうです。両陛下の弟分である我が父、
「一掃……。ご家族にそこまでの力があるのだな」
「父の命令で動く陰陽術師の兵が
ここまで一気に話してきた
「
「ごめんなさい……。ずっと騙してきて……。子供の頃はわからなかった。でも、両親と兄はずっと知っていて、苦しんできました。私は今回の雅学への参加……、いえ、潜入ですよね。それが決まる少し前に教えられました。まだ弟は知りません。どうか、弟だけは何も知らないまま育ってほしい。だから、私を恨んでください。この話を聞かされ、そして任務を打診され、受けると決めたのは私です。だから」
「謝らなくてはならないのは我々
「そうですよ、
「だって、
「そうでなければ、これまでの話をこんなにも悲しい顔をして話すはずがない。我々に、自分たちの力で解決して欲しいと願うから、涙が溢れてしまったのだろう」
「でも、こうなったら
「そうですね。信用に足る者かどうか、各
「忙しくなるでしょう。弟たちが雅学に参加している間に事を進めないと」
「頑張らないとですね。可愛い
二人の温かな笑顔のおかげで、
「その通りです。あ、そうそう。
「それは聞いておかないと。すでに、その……、お身体が弱いのかな? という心配をしています」
「それには少々複雑な理由がありまして……」
「
「白梅、このくらい日常茶飯事だから大丈夫だよ。いつも通りちょっと休めば……、あ」
廊下を少し歩いたところにある中庭に、
「
「何があった」
「ちょ、ちょっと体調を崩しただけ」
「体調を崩したくらいで、人は血を吐きはしない」
至極真っ当なことを言われ、
「わ、私が虚弱体質なのは知っているでしょう?」
「白梅、薬は?」
子供の頃、まだ家の事情を知らなかった
「
白梅は雨に濡れた子犬のような悲しい目で
「
「……わかった、わかったよ。薬飲むから、みんなしてそんな顔しないで」
気付けば紅梅と青梅も子犬のような瞳で
両親が持たせてくれている薬は全て水がなくとも服用できるように、噛み砕ける丸薬になっている。
丸薬の中心には濃縮された薬効成分が液状になって入っており、とても不味い。
服用しやすいよう最大限工夫してくれているのだが、生薬の味を緩和するために加えられている何かの甘さが後を引き、とても積極的に飲みたいと思うようなものではない。
「
「常用している薬があるのか」
「梅園、戻りなさい」
白梅、紅梅、青梅の三人は
白梅が薬の説明をし始めたら、きっと
「大丈夫、大丈夫だから。ほら、えっと、そう、私着替えてくるね」
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