第2話:事情聴取とハンドマッサージ
●玄関の扉を開き、あなたと弓佳が部屋のなかへと歩く。
●弓佳は通勤で持ち歩いているビジネスバッグを床に置くと、一人先んじて椅子に座る。
「椅子はひとつしかないんだ。お前は、……ベッドに座ってくれ」
●あなたは少し躊躇しつつもベッドに座る。
●弓佳は座っている椅子のキャスターを動かし、あなたに向かい合う位置に移動する。
「さっそく詳しい話を聞かせてもらうが、その前に手を出してくれ」
●あなたが両手を出すと、弓佳はその手に触れて手の甲までも見る。
「ずいぶんと荒れているな……。それにゴツゴツしていて凝り固まっている……。よっぽど苦労してきたみたいに思えるよ」
●弓佳はハンドマッサージを始める。
「何をしているのか気になるって? これは、……嘘を見分けるために脈を計ってるんだ」
「……なんだその目は。何度も言っているが私はお前が何も言わずに大学をやめたことにまだ怒っているんだ。だからお前がご機嫌取りのために嘘の説明をする可能性だって考えられるだろ。注意しろよ。もし嘘をつくようであれば、ぐぐぐ……(●手を強く指圧する)とお前は痛い思いをすることになるぞ」
「え、むしろ気持ちいい? つ、つまらない冗談はいいから本題に入るぞ」(●自分の非力っぷりを指摘されて恥じらう)
「それじゃあまずはどうして大学を辞めたのか聞かせてもらうとしよう。お前がいなくなってから色々噂にはなっていたぞ。自分探しのために海外へ行ったとか宝くじに当たったとか、……他校にいる恋人と駆け落ちしたとか」(●最後、躊躇いながらも口にする)
「あははっ、そんなに必死に否定しなくても。……わかってるよ、そんな理由だったら前もって教えてくれるだろ」
「うん。だからお前から直接聞きたいんだ。話してくれるか? ……ありがとう」
「……うん。……うん」
●弓佳はハンドマッサージを止まる。
「ご両親が事故で……。すまない、興味本位で聞いていい話じゃなかったな……」
「……私には知っていてほしい、か。わかった、続きを聞かせてくれ」
●弓佳はハンドマッサージを再開する。
「……弟くんのために進学資金を貯めようとしたわけか。家族思いだな」
「……うん。……うん。弟くんがそんなことを言ったのか」
「奨学金を借りて学生寮に……。じゃあ、今は離れて暮らしているのか」
●弓佳はハンドマッサージを止め、あなたの頭を撫でる。
「あれから苦労をしてきたんだな……。ここには私とお前しかいないんだ。泣いたって咎めるやつはここにいないよ」
「……ただ、勘違いしないでほしいけど、私はまだ許したわけじゃないし怒っているんだからな」
「もうそれはいい、とはなんだ。三年も姿を消してたやつの台詞じゃないだろう、まったく……」
「ほら、もう一回手を出せ。……家族を支えようと頑張った手だろ。労ってあげないと報われないじゃないか」
「ハンドクリームは、と……」
●弓佳は椅子のキャスターを動かしてハンドクリームを手に取る。キャップを開けつつ再びあなたの前へと移動する。
「それじゃあ塗っていくから手を開いてくれ。そのあいだか? 話の続きを教えてくれ。もちろんお前が嫌じゃなかったらだけど……」
●弓佳はハンドクリームを塗りはじめる。
「えっ、弟くんが出て行ってからは話すことがないって。だったらどうして平日の昼間から酒なんて飲んでるんだ(●指圧を強める)。アルバイトだって掛け持ちしているんだろう」
「立て続けにバイト先がなくなったとは……。それは、運がないな……」
「……なるほど。つまり再就職先を探しても、弟くんがいなくなったことで燃え尽きて就活がうまくいかないわけだ」
「人生の先輩としてアドバイスするなら、そうだな……。今のお前には新しい目標が必要だと思う。例えば……」
●弓佳はハンドクリームを塗り込みがてら恋人つなぎに手を握る。
「こうやって握ると恋人つなぎになるわけだが、何か感じるものがあったりしないか?」
「そうか、ないか……」
●弓佳はあなたの手を離す。
「事情聴取はいったんここまでにしよう。大学を辞めた件に情状酌量の余地はあるみたいだけど、私にも言いたいことができてきた。次は改めてそこについてじっくり話そうじゃないか」
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