76.本国からの船が着いた

「旦那様のお戻りだ」


「ご当主様の船が戻られたぞ!」


 わっと歓声が上がり、騒ぎが押し寄せてくる。ベッドの上に身を起こし、あふっと欠伸をした。聞こえたので、内容は把握している。着替えて迎えに行かないと。


「お嬢様、起きておられますか?」


「ええ、着替えるから手伝って頂戴」


 入室した侍女に、ワンピースを用意してもらう。ヒールが低く楽な靴を選び、宝飾品はなし。髪を左側に流すハーフアップにして、髪飾りを着けた。軽く粉をはたいて紅を引き、鏡の前でくるりと回る。


 問題なさそう。侍女も頷くので、大急ぎで部屋を出た。出口で待っていたレオに頷くと、彼が私を抱き上げた。首に腕を回し、走る揺れに備える。階段を駆け下り、用意されていた馬車に乗り込む。見送りへの挨拶は窓を開けて行った。


 執事や侍女長はすでに出発した。ユーリ叔父様が操る馬が、私達の馬車を追い抜く。横乗りのセレーヌ叔母様が見えて、失敗したと唸った。


「レオ、次はあれにしましょう」


「わかった。今からでも出来るが」


「今日はいいわ」


 忙しい出迎えの中、一番最後に到着したのが娘だなんて。お父様達の乗った船は、入港済みだった。ゆったりとタラップを降りるお父様達に手を振る。ぎりぎり滑り込んだ形ね。地上に降りる前でよかったわ。


 動力が魔法道具とはいえ、今回も速かった。足元の影が動くので、高い位置で旋回する竜がいるのね。見上げた眩しい空は、雲がほどんどない。その青空に、ぽつんと茶色い点が見えた。茶色の竜……いたわね。


 よく黒竜と泥遊びしていた子だわ。実際年齢は数十倍年上だけれど、精神的には幼子に近い。知識や賢い面もあるのに、子供っぽいのよね。ドラゴンに手を振って挨拶をした。気のせいかしら、降りてきたみたい。


 ぶわっと風が強くなり、スカートを手で押さえる。ぐわぁ! 鳴き声がして、そこをどけと叫んだ竜が羽を広げる。わっと人が逃げ惑い、空いた場所に着陸した。とっとっと……そんな擬音が似合うよろけ方で、羽を器用に使って停止する。


「おお、ドラゴン殿。助かったぞ」


 お父様の大声でのお礼に、ひらりと尻尾を振って答える。振り返ると、人を蹴飛ばしそうだもの。きちんと尻尾を持ち上げていて、偉いわ。褒めてあげて、空に戻るよう促す。羽ばたこうとして、困ったようにこちらを見つめた。


「レオ、場所を空けてもらって」


 さっと指示が行き渡り、慣れた領民は離陸用の助走用通路を確保した。幅と距離を確認し、竜は空に舞い上がる。何しに降りてきたのかしらね。何年付き合っても、ドラゴンの思考回路は理解不能だった。


「お父様、お帰りなさいませ。いかがでしたか」


「おう! 兄上が日に焼けて逞しくなっていたな」


 そちらではありません。雨を降らせた結果をお聞きしたんです。

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