65.王女の噂 *** SIDEアシル親子

 王族が正統性を主張できるのは、王位継承権がはっきりしている場合のみ。間違いなく国王の子と判明すれば、王女は次の王になれるだろう。ただし、国も民もない砂の女王になる。


 傀儡として、子を産む道具にされる未来が想像できた。そんな虚しい玉座に価値があるのか。


「父上は認知したのですか?」


「いいや」


 平民として暮らす親子は、本音で話すようになっていた。過去の生活ではできなかった、意見のぶつかり合いも日常だ。貴族特有の言い回しを使用しないだけで、二人の関係は改善した。


 父は息子を心配し、生きるための知識を共有する。怠けるジョルジュを叱り、叩いて躾け直した。その姿を見る農民は、ことあるごとに差し入れをくれる。どうやら、苦労する父親に同情したようだ。素直に受け取り、活用した。


 鍬を振るって働く父アシルの背中に何を感じたのか。ジョルジュは反抗をやめて、一緒に働くようになった。サボって逃げ回った元王子はもういない。不器用でも必死で仕事をこなした。


 農民としての生活が身についた頃、突然降って湧いた王女の存在。アシルは忘れていた娘の噂に眉を寄せた。ジュアン公爵が預かる彼女が、政の道具にされようとしている。今は何もできないため、次々と流れてくる噂に耳を傾けた。


 王女の母である恋人の噂は、耳を塞ぎたくなる内容がほとんどだ。他に男がいた、幼馴染みとも関係があった、王女は王の子ではないかもしれない。それらは、息子ジョルジュの耳にも届いた。


 認知したのかと問われ、アシルは否定する。あの頃、ルフォル貴族の力が強く、認知はできなかった。王妃の権力や協力も必要で、王子ジョルジュもいる。その状況で、恋人の子を認めることは危険だった。だから公式に認めていない。


 個人的は話をしたし、可愛い娘を抱き上げた。だがその子が別の男の子であった可能性があるなら……絶対に認めることはない。そのくらいの教育は受けていた。


 王妃の子が無条件で王族と認められるのは、監視下にあるからだ。王宮で暮らし、常に生活を監視される。浮気などできるはずがなかった。初夜に乙女である確認をされ、その後は王以外と交わらない。これは王の胤を外へ流出させない決まり事の一つだった。


 他国に王子や王女が奪われれば、王位簒奪もあり得る。恋人の産んだ王女を認知しなかったのも、外で生まれた子だから。もし側妃として召し上げ、外部との接触を限定した状態で生まれたら、王女と認めただろう。


 ジョルジュにその話をして、アシルは大きく息を吐いた。


「彼女を王女と認めることはない。それがあの子のためだ」


 ジュアン公爵の傀儡として生きるか、次代王を産む鶏となるか。どちらも幸せとは呼べないのだから。愛した女の産んだ子である以上、不幸になる手助けはできなかった。それが自分の子でなかったとしても……。


「父上は……母上を愛していた、のですか?」


 息子の質問に目を見開き、日に焼けた元王はゆっくりと首を動かした。答えは二人の間だけで共有され、誰にも知られることなく消える。


 ヴァレス聖王国に、王女はいなかった。その事実だけがあればいい。

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