64.夢の崩れる音 ***SIDEジュアン公爵
こんなはずではなかった。これでは、偽者を担いで騒いだ道化で終わってしまう。焦る気持ちを抑えながら、噂の火消しを指示した。何人かは新しい噂の流布を提案したが、それでは時間がかかる。
何より、王女に瑕疵があってはならないのだ。将来、俺の血を引く孫を産む黄金の雌鶏なのだから。生まれた子の血筋を、疑われる状況は許せなかった。
アシルに国王が務まるなら、同じ先祖を持つ俺が王になってもおかしくない。だが現状、自らが王になるより摂政になって操る方が確実だった。いざというときは、孫の首を刎ねて終わりにできる。逃げるための算段もした上で、この策を決行したのだ。
愛人に過ぎないオータン子爵令嬢に、子を生ませたと聞いた時は口元が緩んだ。王家の血は貴重だ。故に、そこらで種を蒔かぬよう、幼い頃から躾けられる。その禁忌を破ったのだ。
アシル自身は、いずれ王女を引き取るつもりだったのか。その前に王家が追放され、国は瓦解寸前に陥った。それでも権威が残っている。財力は公爵家が保有しているため、必要なのは権威と大義名分だけ。
預かった子がようやく役に立つ。放り込んであった離れから本邸に移し、綺麗な格好をさせて取り繕った。豪華な食事を用意し、装飾品やドレスを与える。目を輝かせてがっつく姿は、哀れな平民のようだ。
このままでいい。賢く育てる必要はなかった。ある程度の年齢になったら、息子の誰かの子を産ませる。そのあとは幽閉し、儚くなってもらう予定だった。自分で考える頭を持たれては、逆に扱いづらい。
描いた夢が現実になるよう、金を遣って周囲を唆した。滅びつつある国も、俺が立て直し活用する。ルフォルの貴族がいないことで、この国は御しやすくなった。あと少しだ。もうすぐ願いが叶う。王となって、国の頂点に立つ夢が、すぐそこに――。
噂は一向に収まらない。それどころか、新しい噂が出てきた。オータン子爵家に出入りした紋章不明の馬車、他にも幼馴染みの男と関係があったと。国王の愛人なら身を慎むべきだ。あちこちで男の噂が絶えないなど、娼婦のようではないか。
躍起になればなるほど、噂の炎は大きく燃え盛り、手に負えなくなっていった。それどころか、噂を消そうとする我が公爵家に延焼する勢いだ。必死になって噂を消そうとするのは、それが真実だからだ。さも本当のように吹聴され、我が家の正当性すら疑う声が上がった。
王女を手放すべきか。いや、切り札なのだ。迷う俺を嘲笑うように、周囲は離れていった。忠誠を誓ったはずの騎士、使用人達、おこぼれを期待した貴族。分不相応の夢をみたのか? 閑散とした屋敷の冷えた空気を揺らして、夢の崩壊する音が聴こえた。
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