21.穏やかな午後は一転した

 ドラゴンなので肉食のリュシーは、勝手に森で獲物を捕らえてくる。専属女性騎士コリンヌは、本来、私の警護として選ばれた。実際はレオに役目を奪われてしまい、リュシー専属のようになってしまったけれど。


 もふもふの毛皮をブラシで丁寧に撫でる。大量の毛が抜け、ふわふわと舞った。巨大な綿毛みたいだわ。


「お嬢様、そのような仕事は私が」


「しばらくリュシーと会えなかったから、触れ合っておきたいの」


 機嫌良さそうに伸びをするリュシーが転がり、今度はお腹だと訴える。全身を揺らしてお強請りする姿は、大型犬そのものだった。ただ、大きすぎるんだけど……。


「リュシー、背中の羽はどうしたの」


 寝転がると下敷きになって痛いかも。心配して尋ねると、答えはコリンヌがくれた。


「ご安心ください。このように消せるようです」


 言われて回り込めば、確かに羽がない。本人の意思で、出し入れが自由だなんて。まったく知らなかったわ。


 私がリュシーと毎日一緒に過ごせたのは、彼が成長するまで。この二年は数週間しか一緒にいられなかった。お腹の毛もブラッシングし、最後にぼふんと体ごと飛び込む。体勢を変えたリュシーが、くるりと巻きついた。


「いい子ね、本国へ戻らないと仲間もいないし……寂しかったでしょう」


 くーんと鼻を鳴らし、全力で甘える姿は幼い頃と変わらない。卵から孵して大事に育て、屋敷に入れなくなった頃に離れてしまった。突然一人にされて、さぞ悲しかっただろう。


「それが……リュシー様はその……何回か隣大陸へ飛んだようでして」


「え?」


「ご報告が遅れましてもうしわけございません。確証がなく、まだ調査結果も出ておりませんが、行き先はおそらく本国かと」


 普段はきはきと話すコリンヌは、珍しく言いづらそうだ。本国まで空を飛ぶと、かなりの距離がある。ドラゴンなら一っ飛びなの? 首を傾げてリュシーの顔を覗くも、当人は舌を見せてへらりと笑うような表情になった。


 犬らしい顔だけど、ドラゴンなのよね。時々忘れて、巨犬扱いしちゃうわ。


「あらあら、羨ましいこと」


 聞こえたのは、セレーヌ叔母様の声だ。隣には叔母様の忠犬エナン卿が寄り添っていた。いいえ、正確に表現しましょう。歩けない叔母様を、エナン卿が抱き上げて移動中みたいね。


「叔母様、エナン卿も……ご機嫌いかが」


 騎士の敬礼で控えるコリンヌが、許可を得て敬礼を解く。私はかける言葉に迷って、無難なものを選んだ。だって、体調はどうと聞いたら、全部知ってるわと突きつけるのも同じ。誰もが状況を理解していたとしても、そこは伏せるべきよね。


「ありがとう。あなたが伝令を出してくれたのよね、シャル」


 穏やかな笑みの叔母様は、誰もが想像していた言葉をすっ飛ばした。


「ユーグと明日結婚するわ」


「婚約、ではなく?」


 明日? え……、ルフォルの貴族がレオと狐狩りに出ているのに? 準備はどうするの。大変!


「すぐに手配しなくちゃ! ドレスと食事……は何とかなるわね。大至急、集合の号令をかけて!!」


 承知と言い残し、コリンヌが走っていく。遊んでいると思ったのか、リュシーの尻尾が大きく揺れた。すぐに屋敷が蜂の巣を突いた騒ぎになり、各貴族家へ伝令が走る。間に合うかしら。

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