20.これで最後 ***SIDEジョルジュ

※残酷な表現があります





 蹴飛ばされたベッドが揺れ、最悪の目覚めに顔を歪める。文句を言ってやろうと起き上がったところを、乱暴に放り投げられた。硬い床に落ち、ぶつけた膝と肩が痛い。


「何をする!?」


「連れて行け」


 無視して出された命令に、数人の男達が従った。王宮の制服とは違うが、騎士のようだ。ようやく迎えが来たと思い、掴まれた腕を振り払う。


「俺は王太子だぞ。もっと丁重に扱え」


「それだけの価値があるのか?」


 吐き捨てられた言葉に反論するより早く、どんと突き飛ばされた。経験のない浮遊感の直後、全身を何かに打ち付ける。階段を突き落とされたのだと……気づいたのは後になってからだ。


 家の外へ転がり出た俺は、罪人用の檻に放り込まれた。荷馬車に固定された檻に捕まり、出せと叫ぶが誰も取り合わない。これから処刑される罪人のように、街中を荷馬車は進む。幸いだったのは、街の人々が見物に出てこなかったことか。


 騎乗した騎士が付き添い、街の外へ向かった。揺れが止まったのは、草原の中だ。遥か彼方にぽつんと一本の木が見えた。銀髪の男がその木を指さす。


「行け、あの大木を越えれば許してやろう」


 檻が開かれ、俺は用心しながら降りる。小さな袋を投げられた。中を見ると、別れる際に王宮で渡された金貨だ。見覚えのある袋をしっかりと握る。


 背を向けずにじりじりと離れるが、彼らはすぐに追ってこなかった。ある程度の距離で安心し、背を向けた途端……馬を嗾ける声がする。振り向いた目に映るのは、襲いかかる騎士の姿だった。剣を抜き、槍を構え、彼らは俺を追う。


 金貨の袋を抱えて走り、重さに舌打ちした。だがこの金がなければ何もできない。迷って握り直す。追いついた騎士は、すぐに攻撃を仕掛けない。かすり傷程度を負わせただけで、走るよう強要された。


 足を止めると槍の穂先が肌を裂く。速度を緩めても容赦なく蹴飛ばされた。獲物をいたぶる猫のように、じわじわと体力が削がれ……息をするのも苦しかった。腹立たしくて文句を言ってやりたいが、喉は呼吸に忙しくて張り裂けそうだ。


 ひゅーひゅーと情けない音を立てる喉を、唾で潤して必死に走った。どこまで行けば許される? あの木を越えたら……先ほどの言葉に縋り、全力で走った。全身がバクバクとうるさく、眩暈がして足が縺れる。


 近づいてきた木に向かい、全力で走った。何かに躓き、転んだ拍子に袋が破れる。転がった金貨を拾い上げ、追ってくる騎士へ投げた。あと少し、もうすぐ……。


 立ち上がって走ろうとした足に、焼けるような熱さを覚える。違う、これは傷か。左足首、右の太腿……ぬるりと血が流れ、俺は絶望する。もう少しだったんだ。あの木までたどり着いたら……。


 馬から降りた男が一人、手を伸ばした俺の前に屈む。影になって見えない顔、向けられる悪意に震えた。


「許すわけが、ないだろう?」


 彼らはそれ以上、俺を傷つけなかった。ただ黙って見つめる。立ち上がれない足を引きずり、這いつくばって必死になる俺を……嘲笑することもなかった。手足の痛みが遠のき、徐々に冷たくなり……目が霞む。


 俺は何を間違え、どこで失敗したのか。王太子だった、国の頂点にいたはずなのに……。


「後悔すらできないクズめ」


 吐き捨てた銀髪の男の声は、あの夜会で聞いた。そうか、シャルリーヌの……ここで俺の意識は途絶えた。

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