19.人の消えた街 ***SIDEジョルジュ

 婚約を破棄してやった。傷物扱いになり、嫁に行けないと泣きつくだろう。その後で拾い上げて、面倒な仕事を片付けるために利用する。完璧な作戦だった。


 廃嫡だと父上に怒鳴られ、状況が分からぬまま放逐される。最後の情けなのか、金貨の入った袋を一つ渡された。届けた騎士に足りないと文句を言うも、無視される。父上は他に隠し子がいると匂わせたが、母上はご存じなのだろうか。


 夫婦仲が冷え切った二人に、私的な会話などない。そう判断して城門から真っ直ぐに大通りを歩き出した。王太子である俺が歩いているのだ。すぐに公爵や侯爵が駆けつけ、俺を助けるはず。そう思ったのに、街は閑散としていた。


 人影が少なく、扉を閉めたままの商売屋も多い。大きな荷物を括りつけた荷馬車が走って行き、俺はぼんやりと見送った。


 そうだ、ナディアと結婚すればいい。平民に落とされたとはいえ、彼女は俺を愛している。ナディアの家はどこだろうか。探してこいと命じる侍従もおらず、以前にぶつかった街角を目指した。あの辺りに家があるはずだ。


 数時間うろつくも、ナディアを知る者も現れない。腹が減ってきたが、どうしたらいいのか分からなかった。城では時間になると呼ばれ、料理は勝手に出てくる。並んだ物を口に運ぶのだが……。


 きょろきょろと見回し、いい匂いがする建物に入る。まだ準備中だと言いながら、女性が椅子を勧めた。座るも料理が出てこない。そう指摘すると、驚いた顔で俺をじろじろと眺めた。失礼だと指摘する直前、大きな息を吐いて料理を出すよう声を上げる。


 腹が減っているから、処罰は免除してやろう。そう思いながら出てきた料理を見て驚いた。何かを煮込んだ汁は濁っているし、パンは人を殴れそうなほど硬い。少し離れた席に座った男が頬張るのをみて、味はまともなのだろうと口をつけた。


 毒見がいないが、仕方ない。熱いスープは初めてで、舌を火傷した。ひりひり痛む舌を、水で潤す。生臭いな。不満は次々と浮かぶが、腹が減っていた。むっとした顔でスープを睨み、女性を手招きして文句を言う。


「まともな食事はないのか」


「……この街には何もないよ。もうすぐ滅びちまうんだ。うちだって、明日には逃げる予定だしね。嫌なら金払って出てきな」


 何を言われたのか。ゆっくり噛み締める。国が滅びる? 廃嫡された俺の噂がもう広まったのか。眉を寄せた俺の視線の先で、荷馬車がごとごと揺れる。解放した出入り口の外で、複数の荷馬車が同じ方角へ走っていた。


「ああ、出遅れちゃったね。あんたぁ! うちもすぐ出た方がよさそうよ」


 店の奥へ大声を張り上げ、女性は食べかけの食器を片付け始めた。料金はいらないとパンを押し付け、彼女は別の客も追い払う。何が起きてるんだ?


 この時、きちんと尋ねればよかった。後になって悔やむが、すぐに街中から人が消えた。尋ねる相手もいない。適当な家に上がり込み、勝手にベッドを使って休む。清潔なシーツや柔らかな上掛けはないが、それでも屋根があるだけマシだった。

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