18.猛犬ばかりの我が家

 早朝から一騒ぎあったものの、ル・フォール大公家は平和だった。問題があるとれすれば、叔母様の体調がよくないことくらい? でもご機嫌はいいと思うのよ。


 夜通し駆けて到着した愛犬を侍らせ、セレーヌ叔母様は自室でゆっくり過ごすそうよ。これは体調不良が延長される予告ね。執事に命じて、使用人が近づかないよう手配した。もちろん護衛の騎士も不要だ。


 お姫様を守る、最強の騎士が室内どころか同じベッドで警護しているんですもの。


「羨ましい……」


 一緒に散策するレオの、心からの声に苦笑する。


「あら、叔母様相手に浮気?」


 綺麗な人だから一般的に有りだけど、レオは首が落ちそうな勢いで横に振った。


「だったら、今の状況かしら。あなたも私が他の男に嫁いで二十年近く我慢してみる?」


 現状だけではなく、全体を見るのよ。危うくその状態になりかけた私が、笑顔で現実を突きつける。レオの顔色がさっと青ざめ、青い瞳が見開かれた。想像したのか、眉間に皺が寄る。


「羨む前に、想像なさい。私が誰の手を取っているのか、忘れたの?」


「ごめん、シャル。つい」


 まだお父様の許可が出ないから、結婚できない。婚約者としてのお披露目は、この状況だから書面による通達だけ。不安なのはわかるけれど、あなたまで猛犬では困るのよ。


「今日の午後はリュシーに付き合うわ。約束通り、わかっているわね?」


「ああ、任せてくれ」


 私のそばを一時的に離れることになるが、レオはあっさりと承諾した。ヴァロワ王家から放逐された元王子を処分するらしい。浮き足だったルフォルの貴族も、参加を表明する。彼らを率いて追いかけるほどの獲物とも思えなかった。


「……なんでもないわ」


 ここでジョルジュを庇う発言をすれば、より残虐に処理されるだけ。何も言わず無関心を貫く方が、彼の死は穏やかだと思う。ここで生き残れる可能性は考えなかった。


 私のレオが動くんだもの。


「お昼は食べていくの?」


「いや、もうすぐ出るよ」


 名残惜しそうにしながらも、私を屋敷の中へ送り届けた。そのまま出て行く。お昼を食べると言ったら、逆に驚いたでしょう。だって、貴族の昼食は午後のお茶会と同じ時刻だもの。今夜中に帰れなくなるわ。


 屋敷の中を抜けて、裏庭へ出る。馬小屋の隣に、木造の小屋が設置されていた。急拵えなのに、想像より立派だわ。急がせちゃったから、職人の報酬を弾むよう伝えなくちゃ。


「リュシー」


 ちらりと鼻先が覗き、ひくひくと動いた後で飛び出してくる。作ったばかりの小屋の壁が、一部破損した。飛び出した巨大過ぎる犬型ドラゴンは、きゅーんと鼻を鳴らして伏せる。撫でてくれと甘えるリュシーへ、私は抱き着いて両腕で撫で回した。


 癒されるわ。

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